2025年4月22日に開催されたデジタル行財政改革会議での議論を受け、石破総理が「公立高校入試の単願制の見直し」「デジタル併願制の導入」に向けた検討を指示しました。
石破首相は22日、公立高校の受験の障壁を減らすため、一つの高校しか受験できない「単願制」の見直しに向けた検討を関係省庁に指示した。受験生が順位をつけて複数校を志望し、共通試験などの結果に応じてその中の1校に合格する仕組みを想定している。高校授業料無償化で私立校人気が高まる中、公立校を選びやすくする狙いがある。
政府が検討を進めるのは、受験生が複数の高校の志望順位を提出した上で共通試験などを受験し、システムが試験結果に内申点などを加味して、合格基準を超えた学校の中から志望順位が最も高い高校を割り当てる「デジタル併願制」。通常の併願制に比べ、受験生が複数の学校で試験を受けずに済むほか、複雑な合否判定をシステムで一元的に行えるなど、学校側の負担も少ない利点がある。(以下省略)
https://news.yahoo.co.jp/articles/d33ccfa1dc16acbafe05b335ffdcd02dbfedc051
同会議にて、慶應義塾大学の中室先生が「高校入試の「単願制」および高校就職の「一人一社制」の課題解決のデジタル化の提案について」を提出しました。
https://x.com/makiko_nakamuro/status/1914666099247079934
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_gyozaikaikaku/kaigi10/kaigi10_siryou4.pdf
文部科学省が早速検討を始めようとしています。
文部科学省は、公立高校の入試で一つの高校しか受験できない「単願制」の見直しに向けた検討を始める。複数の高校を志願でき、志望順位と入試の点数などに基づいて自動的に合格先を割り振る「デジタル併願制」導入の可否をデジタル庁と探る。高校授業料無償化で私立人気の高まりが予想されることを踏まえ、公立を選びやすくする狙いがある。ただ、デジタル併願制は学校や生徒の序列化が進むとの懸念があり、文科省は慎重に議論を進める。(以下省略)
https://news.yahoo.co.jp/articles/ef94ccfe015474b480e06c86e35299aa4e6052f2
何度も合否判断を繰り返す「受入保留アルゴリズム」を利用
中室先生が提出した資料にある通り、「デジタル併願制」は東京大学マーケットデザインセンター (UTMD)の学校選択制検討チームによる提言に基づく制度です。「受入保留アルゴリズム」と呼ばれる仕組みです。
「デジタル併願制」は「保育所等の入所調整」と同じです。詳しい考え方は「公立高校入試制度の再設計に向けた提言: 単願制が引き起こす不公平とその解決策」(UTMD)に記されています。
公立高校への進学を希望する中学生は高校毎の希望順位を記した願書を提出し、筆記試験等を受験します。入試結果等に基づき、各高校は総定員までの合格者を決定します。中には複数の高校から合格を得る生徒もいますが、合格・入学できるのは最も希望順位が高い高校のみです。最も希望順位が高い高校の合格を保留し、それ以外の高校は入学を辞退します。
入学辞退によって生じた欠員に対し、各高校は再び総定員までの追加合格者を決定します。生徒は最も希望順位が高い高校の合格を保留し、それ以外の高校は入学を辞退します。このプロセスをどの高校も追加合格を出さなくなるまで反復します。
共通問題を採用している限り、各校毎の評価基準の違いは問題ありません。A高校は学力を重視する、B高校は内申点を重視する、C高校は3教科で判定するといった方式にも対応できます。
非常に良く出来た制度だと感じました。高学力校に出願した高得点者の不合格、合格可能性を巡る読み合い、私立進学を避けたい経済的弱者の弱気出願等、単願制による問題を大きく解決しています。
保護者目線で喜ばしいのは、同制度によって「(どこかの)公立高校への進学が確定する」という利点です。
日本国内における高校入試では、公立高校への進学を第1希望としても併願私立高校を受験するのが一般的です。滑り止めとして私立高校を確保した上で、本命たる公立高校を受験します(首都圏等はやや異なる)。
デジタル併願制が導入される事により、「(滑り止めとしての)併願私立」という概念はほぼ消滅します。公立高校のみへの進学を希望する生徒は、私立高校を受験せずに済みます。
私立高校を受験するのは私立専願、もしくは一定水準の公立高校に合格しなかった場合に私立高校へ進学すると決意した生徒のみとなります。
大阪府の吉村知事「選択肢が広がるならば国制度に合わせた方がいい」
大阪府の吉村知事はデジタル併願制の導入に前向きです。記者の問いと知事の発言を書き起こしました(ChatGPTを使用)。
(記者)
公立校の単願制についてお伺いをします。昨日、石破総理が関係省庁に対して、単願制の見直しに向けた検討も指示ありました。大阪では、28年度以降ですね、入試日程を前倒して、第2志望にも出願できるようにまとめられましたけれども、これで政府の動きについて、知事として受け止めをお伺いますでしょうか?(知事)
はい。公立高校の単願制は僕は見直すべきだと思います。これは人口も減少してきて、かつ、公立の授業で無償かということを取り組みますけれども、公立に進学したいという子供たちも多くいるわけです。受験がありますから、そうなった時にその1校の公立高校だけしか見れないとなると、自分が望んでいない私立の方に入学するということも、事実としてこれまでもずっとある話です。でも、人口も減少してきて、これからの時代っていうのはより生徒の子供たちが選択肢を広げるべきだと僕は思っています。これは授業無償も含めて、背景にある理念は一つなんですけれども、子供たちの選択肢を広げる、そういった策をこれからは取っていくべきだというふうに思っています。学校側サイドというより子供たちの選択サイドを重視するという考え方です。
どうしてもやっぱり公立高校に進学したい、だけれどもこのAという学校に挑戦するけども、もしそこが難しかったら、受験で届かなかったら、そのBという公立高校に行きたいという子供たちも多いと思いますから、そういった子供たちの選択肢を認めるような制度にするべきだと思います。逆に言うと、それを認めないのが単願制です。
人口が僕らの時代のように増えている状況じゃないですから、今減っている中で考えた時にはやっぱり高校についても、どうしても公立高校に通いたいということ、そして頑張ってこのAという高校に第1志望として目指しているんだけれども、それが難しい場合には望まない私学ではなくて、公立に通いたいという子供たちの選択肢を広げていくべきだと思います。
そのためには1回の受験で複数志願できる仕組みというのは僕は合理的だと思うので、それをやるべきだと思います。大阪府においてはこれを導入するという方針を決定いたしました。全国においてもこれはやるべきだと思います。
これから少子化が進みますから、必ず子供の数は減ってきます。その中で子供たちが行きたい学校に行ける可能性が高くなる、そういった選択を広げるべきだと思っています。
(記者)
ありがとうございます。報道ベースでは、デジタル平願制ということで、同時に出願して受験結果に応じて第1志望、第2志望、第3志望というところを生徒本人が決めていくというようなシステムを検討しているようなんですが、大阪府の方で今出されている改革案と少しシステム的に違う部分もあるかと思いますが、そのあたり、今ある改革案と国案について、どういうふうに調整されるか、現時点で考えていることありますか?(知事)
はい。まず国でやってるのは今検討なので、実現してるわけではありません。これを実現しようとすれば、様々な意見が出てくると思います。いろんなところから。僕はやるべきだという考え方です。国の制度実現からまずするべきだと思うし、そこがより選択肢の幅が広がる制度なのであれば、その国の制度に合わせた方がいいと思います。基本となる考え方は、生徒たちの選択肢の幅を広げること。第1志望の公立高校に挑戦したけども、受験で届かなかった。でもやっぱり公立高校に通いたいんだっていう子供たちの選択肢を尊重する。よりそこに近い方法を選ぶべきだと思います。
今、大阪府の教育庁においては、いろんな私学団体も含めた様々な意見を踏まえて、公立の第2志望の出願機会を作るということを決定いたしました。ただ、国が今言っている制度とは違うところもある中で、もし国が実現する制度がより近いのであれば、そちらに合わせていくべきだと思います。
国はまだ実現できていませんので、教育庁に対しても、デジタル併願制について検討するようにと指示も出しました。教育方針や教育会議でも決まっていますけれども、令和10年の公立高校の入試改革についても方向性を決めていきますけど、第2志望として出願できるところに大阪府の制度は少し制限がありますので、それがどうなのかという部分もありますが、
ただ今と違って単願制ではないという点では大阪の入試改革は非常に前進していると思います。このデジタル案も含めて国の案が出てくる中で、そこもきちんと議論を見ながら、できるだけ大阪の中学生が選択肢を持てるようにしていきたいと考えています。
大阪府の吉村知事は「教育庁に対しても、デジタル併願制について検討するようにと指示も出しました」「もし国が実現する制度がより近いのであれば、そちらに合わせていくべきだと思います。」と明言し、教育委員会会議で決定された令和10年度入試に向けた改革案の見直しも示唆しました。
大阪府が導入する第2志望制で志願できるのは、第1志望で定員割れした高校のみが対象です。生徒の選択肢をより広げ、大阪府が重視している定員割れ校の減少を図るには、デジタル併願制が明らかに適しています。知事は第2志望制の制限(選択肢の乏しさ)を認識しています。
令和10年度からの入試改革案を原案通りに実施、更にその数年後にデジタル併願制へ切り替えるのは無用な混乱を引き起こします。もしもデジタル併願制を導入するのであれば、現行制度から直接移行するでしょう。令和10年度入試から実施出来るか、その数年後になるかは未だ見通せません。
「序列化・難易度別問題・学校特色枠」が課題か
課題もあります。その一つは全校共通問題を採用していない都道府県や高校の存在です。東京都の一部の高校は独自問題を、また大阪府の公立進学校は標準的問題(B問題)とは異なる発展的問題(C問題)を出題しています。B問題を採用している高校での合格者決定において、C問題受験者は評価できません。
こうした点につき、受入保留アルゴリズムは「入試問題をグループ作成し、両グループの問題を受験する」と示唆しています。大阪府であればB問題とC問題の両方を解くという結論が導かれます。受験生の負担はやや大きくなります。
文部科学省が指摘する「学校や生徒の序列化」は加速するでしょう。
大阪府は単一学区となって以降、成績上位者は北野高校へ著しく集中しています。少なくとも南は堺市から、東は枚方市から通学していると聞きます。広範囲から成績最上位者が進学し、京都大学の合格者が100人超という前代未聞の結果が生じています。
デジタル併願制によって進学校(大阪府では文理学科等)の併願が可能となれば、上位進学校への集中が更に深まります。大阪市内の成績上位層は「第1希望北野高校、第2希望天王寺高校、第3希望大手前高校(もしくは高津高校)」として出願し、各高校へ進学する生徒が学力によって完全に輪切りにされます。
過度の集中を避ける為でしょうか。一度の試験で2校を受験できる制度(複合選抜)を導入している愛知県は、併願できる高校に一定の制約を設けています。
人口が集中する名古屋市周辺(尾張地区)にある高校は各グループに分けられ、同一グループにある高校は併願できない制度となっています。原則として同一地域にあるトップ進学校は別グループに属しており、高学力層が適度に分散する仕組みを取り入れています。
ただ、組み合わせによっては第2希望が過度に集中し、第1希望とする生徒が入学しにくい(高学力の第2希望が優先される)高校もあります。
デジタル併願制のデメリットの一つは「第1希望の生徒が入学しにくい」です。単願制の裏返しです。単願制では同じ高校を受験する生徒は全て第1志望であるライバルでしたが、併願制では他校に合格できなかった高学力生徒もライバルとなります。中には第1希望者が殆どいない高校も生じてしまいます。
単願制ならば合格できていた筈の高校に進学できない事態も起こります。私学への「戻り」が生じないので、学力上位層からの玉突き現象が発生します。単願制よりデジタル併願制の方が、当該高校に合格するのにより高い学力・点数が求められます。
大阪府が令和10年度入試から導入を予定している「学校特色枠」との関係には注意が必要でしょう。学力選抜枠とは別枠(併願可)で、各校のアドミッションポリシー等を基に選抜を行います。単願制を更に強化した制度です。
「学校特色枠」と「デジタル併願制」は併存できる制度です。一定割合は学校特色枠によって志望度が極めて高い生徒を合格させ、残りをデジタル併願制によって選抜させられます。
「学校特色枠」の趣旨を踏まえると、特色枠を利用した出願は最優先で入学を希望する等の条件が必要となるでしょう。特色枠で合格したら、デジタル併願制による学力選抜は行わないとするものです。専願に近い意味合いを持ちます。なお、理論上、特色枠で出願した高校をデジタル併願制では第1希望としない運用は可能だと考えられます。
こうした制度を導入すると、受験における生徒の負担は重くなります。特色枠の対策に加え、B問題とC問題を解くと体力が保ちません。合理的な範囲で学校や塾からブレーキが掛かるでしょう。
私立の反発必至、小中学生は地道な勉強が大切
一方、私立高校からの反発は避けられません。公立高校受験者、特に文理学科の志望層は公立志向が強く、殆どがデジタル併願制による「公立専願」を選択すると予想される為です。「事実上の複数校受験は不公平だ」との主張等を展開するでしょう。
特に文理学科等に合格できなかった生徒が進学し、長時間授業や土曜授業等を行って学力向上を図っている高校は大きな影響を受けます(具体的な学校が思い浮かびます)。
私立高校授業料無償化という強烈な追い風が吹いたと思いきや、それを上回るかの如くの逆風が吹き荒れようとしています。
ゆくゆくは大半の生徒が「私立専願」「公立専願」のいずれかを選択し、希望する公立校に合格しなかった場合に私立へ進学する「私立併願」は少数派となるのでしょう。
もしも大阪府で令和10年度入試からの導入を本格的に検討するとなると、ここ数ヶ月で大きな議論が起こるのは間違いありません。入学したばかりの中学1年生の受験に大きな影響が生じます。
しかしながら、これから受験を迎える小中学生やその保護者が心掛ける事に変化はありません。日々の学習やテスト勉強を充実させ、地道に学力の向上を図るのが大切です。受験校選定や併願私学といった受験対策が不要となるとので、純粋な学力勝負となります。