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(3/25追記)
朝日新聞にインタビュー記事(有料会員限定です)が掲載されました。

幼保無償化めぐる国会発言に反発の声 教育経済学者に真意聞く
https://digital.asahi.com/articles/ASQ3S5SXMQ3SUTFL00M.html

【詳報】国会の公聴会での中室牧子教授(教育経済学)の主な発言内容
https://digital.asahi.com/articles/ASQ3S5SXZQ3KDIFI00X.html

無償化が不要・所得制限を導入すべきと発言したつもりはない、無償化より待機児童の解消と保育の質を高める施策を優先すべきだった、データに基づいた子育て支援を行うべき、社会全体にとって「割のよい」投資が望ましい、との趣旨が書かれています。

気になる方は、是非記事をご覧下さい。

なお、保育の質に関連し、大阪市は年次監査の結果をウェブサイトで公表しています。こうした自治体は殆どありません。

「大阪市保育所等の令和2年度保育所等一般監査の結果」が公表されました。

極めて重要なのは「保育士の職員数が、配置基準を下回っているため、配置基準を満たすよう配置すること。」という項目です。保育士不足は保育の質や安全に直結します。

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昨晩、ツイッターのトレンドで「幼保無償化」「所得制限」と言う言葉を見かけました。3月8日に開催された、参議院予算委員会公聴会における中室牧子先生の発言が批判の荒らしに晒されています。

税・社会保障で再分配強化を 来年度予算案で公聴会 参院

 慶応大の中室牧子教授は、19年10月に始まった幼児教育無償化について「財政状況が極めて厳しい中、高所得世帯ほど手厚い再分配となっている」と批判。家計や子どもに関するデータを連携させ、必要な人に必要な分だけの助成を迅速に届ける「プッシュ型支援」の実現を訴えた。 

https://news.yahoo.co.jp/articles/06e149099d9f60c67fa518726faeabe32b1733a7

炎上している理由は、「幼保無償化に所得制限を設定する動きがある」からとされています。

「幼保無償化」「所得制限」トレンド入りで賛否の声「平等にして」「保育士さんの給料アップになるなら」
https://news.yahoo.co.jp/articles/352feb8c35668653b24622cc86bf7b81bb662e29

そこで、中室先生の発言内容(趣旨)及び関連する質疑を書き起こしました。機械書き起こしを見ながら、2時間しっかり聞きました。

中室公述人
・教育需要を喚起する為の目的の再配分政策は費用対効果に優れない、今の日本では上手く機能していない。
・尼崎市のデータによると2000年は保育料ゼロ円が最も多かったが、2015年は最も保育料が高い世帯が増えている。
・保育所の役割が福祉から共働き世帯へのサポートへ変化した
・幼児教育無償化の支出の多くは、高所得世帯への再配分になったと考えられる
・横浜市の世帯年収1,130万円以上の世帯が受けた恩恵は年間52万円、360万円の世帯では15万円
・再分配の機能を果たし得ない
・厳しい財政状況の中では、高所得世帯ほど手厚い再配分を受ける事は国民の理解は得られないと考えられる
・経済困窮世帯では、4割の世帯がそれ以外の問題を抱えている
・行政の縦割りにより、教育や福祉部局の情報共有が難しい
・複数の課題を抱えている家庭の子供は、経済困窮世帯以上に不利になっている
・高所得世帯ほど恩恵がある再配分を行ったり、縦割り行政によって支援が行われていない状況を改めなければならない
・ハーバード大の研究グループによると、バイデン政権による1回目の現金給付はほぼ全ての世帯が支出を増やしたが、2回目は高所得世帯に影響が見られなかった
・これにより3回目の現金給付で高所得世帯を省く根拠となった、データの蓄積が重要
・必要な支援をプッシュ型で届けるのが重要、手続が面倒くさいと申請を怠ってしまう
・予防的な介入も重要、子供が産まれる前から貧困状態にある母親へ支援を行うのが重要
・データを活用した効果的な対策を実施して欲しい
・教育の質を高める為の供給サイドへの投資は費用対効果に優れている
・設置認可等における事前規制が重視されているが、事後的な評価は殆ど無い
・スプーン一杯の食事しか与えなかった認定こども園は記憶に新しい(※わんずまざー保育園事件を指摘している)
・入り口の規制よりも、出口の質保証を重視すべき
・第三者評価の結果は横並びが多い、保育所間の差は殆ど見られない
・保育環境評価スケール、450程度を評価、保育所によって大きな差がある
・保育所間、年によってもバラツキがある
・質の高い幼児教育は子供達の将来にプラスの影響を及ぼす研究結果がある
・カナダケベック州が保育料の大幅値下げを行ったが、発達や学力や行動に悪影響があったという研究結果がある
・質が低いとマイナスの効果が長期に渡って持続する
・人への投資の効果を高めるには、教育の質の向上が重要

以下は質疑です。幼児教育や所得制限に関連する部分のみです。

山下議員(自民党)
・日本ではどうすべきか? EBPMの観点から

中室公述人
・大人の再分配よりも、子供への事前分配が効果が高い
・アメリカでは教育機関の名前を入力すると、様々なデータが得られる
・質に関する情報が開示されれば、保護者からプレッシャーが掛かる、質を改善するインセンティブも

山下議員(自民党)
・地域格差について

中室公述人
・確実に生じている、同じ自治体でも就学援助率0%の学校から50%の学校もある
・平等な資源分配は危険、問題の状況に応じた資源分配が重要
・全ての学校に平等に資源分配するのは改めるべき、実情に応じるべき

熊谷議員(立憲)
・教育に関する予算に対する考えは

中室公述人
・教育は未来への投資
・国民医療費は42兆円、教育費は5兆円、もっと増額すべき
・15歳以下の子供がいる世帯は20%以下、子育て世帯がマジョリティでは無い、数の論理では子供政策の予算を増やすとはならない
・効果の高いところにお金を掛ける、と言う考えを徹底すべき
・子供の教育や健康に対する投資は将来回収できる、割の良い投資、外部性が高い

熊谷議員(立憲)
・保育園保育士への投資が重要、園や地域格差も、処遇改善と質は

中室公述人
・働き方改革が重要、労働条件が悪いところに優秀な人は来ない
・部活動顧問の働かせ放題は直ちに改めるべき

杉議員(公明党)
・所得制限を判断する主体は、国では無く地方自治体である
・中室公述人の発言にあります通り、所得制限を設けて、給付がゼロサムにならないように、アメリカでは給付した

中室公述人
・課税情報の目的外利用を前に進めて欲しい

浜口議員(国民民主党)
・国民の中には所得制限を設けずに行うのが、子供目線で重要という意見もある
・中間層では所得制限に対する「子育て罰」と受け止めている層もある

中室公述人
・平等と公平は違う
・学校教育リソースの配分を平等にし過ぎると、却って公平性を損なう
・全ての子供に少人数学級が良いわけでは無い、学力が高い子供にとっては学級サイズが大きい方がプラスになる
・灘や開成はクラス50人、優秀な子供が同じクラスにいる
・必要な人に必要な物を届けるのが重要
・子供の生産性が最も高くなる個別最適化をデータによって実現出来る

浜口議員(国民民主党)
・税は納めているがリターンが少ない、子供達に十分なリターンがない、との受け止めもある
・一律給付の方が迅速

中室公述人
・リターンが無いと言う指摘は重要
・教育の外部性、社会的な収益と成り、社会から間接的なメリットがあるのも重要
・貧困の子供を放置した場合の社会保障費は、将来の納税者が支払う
・貧困の世代間連鎖を絶ちきるのは、将来の納税者を助ける、重要
・デジタル化で個別最適化、スピード感を上げていく

音喜多議員(日本維新の会)
・供給側に出すのでは無く、需要側に出すバウチャー的な考えに対する評価は?

中室公述人
・一概には言えない
・バウチャーは市場メカニズムを教育に入れるもの
・自助努力を促す一定の効果がある
・教育の需要サイドを刺激するもの(バウチャーや無償化)
・長期的には費用対効果に優れないという研究もある
・どちらかというと供給側の足腰を強める制度設計が効果がある(ガバナンス、説明責任、待遇改善)

大門議員(共産党)
・人への投資と経済との関係
・貧困層が拡大すると、子供の教育の機会が奪われる、格差の拡大、経済を阻害する

中室公述人
・貧困の世代間連鎖、社会階層が固定化、低い人は頑張ってもダメ、成長する意欲を落とす、国全体に影響する
・親の所得を子供が上回るのは、地域差が明らかである(全米の地図)
・世代間連鎖がある地域からない地域へ引っ越させる動きも
・周囲の影響を受けている、周囲が大卒なら自分も大卒に、モビリティがキーワードの一つ

中室先生は「幼児教育無償化に所得制限を」という発言を一切行っていませんでした。

しっかり聞き直したところ、「所得制限」という言葉が使われていた箇所もありました。コロナ禍におけるアメリカでの現金給付制度です。3回目は所得制限(年収7.5万ドルまでは満額、9.9万ドルまでは一部支給、それ以上は無支給)を設けました。

①個人向けの給付金:収入7.5万ドル(830万円)以下の個人に1人あたり1,200ドル(13万円)、子1人あたり500ドル(5.5万円)を給付。年収7.5万ドル(830万円)超の者は支給額を減額。9.9万ドル(1,100万円)以上の者は給付なし

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai38/siryou3.pdf

高所得世帯へ手厚い再配分を行う政策による効果への疑問から、「所得制限」に飛び火してしまった構図です。そもそも論として、中室先生に所得制限を設けさせる様な発言力や政治力はありません(先生すいません)。

中室先生が指摘したかったのは、「教育投資は効果が高く、将来に必ず回収できる」「データに基づいた教育投資」「需要サイドより供給サイドへの投資」でしょう。これらの発言に多くの時間が割かれていました。

また、「国民医療費は42兆円、教育費は5兆円」という発言も重要です。国家予算における教育費が少なすぎると指摘しました。

国会議員の質疑も確認しました。所得制限を行うべき、もしくはそれを示唆する発言はありません。「子育て罰」「子供達に十分なリターン」との発言があったぐらいです。教育投資全般に対する質問が多く見受けられました。

国会議員からも「幼児教育無償化に所得制限を設けるべき」との発言はありませんでした。

火の無いところに煙が立ってしまった形です。一次ソースの確認は重要です。ツイッターでリツイートした人の中で、果たして何人が中継映像等に当たったのでしょうか。

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