平成31年10月から予定されている幼児教育・保育を無償化する法案が、衆議院で審議入りしました。子育て世帯の経済事情に直結する法案です。

幼保無償化 審議入り 衆院本会議 野党は待機児童解消訴え

10月から幼児教育・保育を無償化する子ども・子育て支援法改正案が12日の衆院本会議で審議入りした。3~5歳児は原則として全世帯、0~2歳児は住民税が非課税の低所得世帯の約300万人が対象だ。立憲民主党など野党側は無償化よりも待機児童の解消を急ぐべきだと主張した。政策の優先順位をめぐっては専門家からも指摘が出ている。

改正案は幼稚園や認可保育所、認定こども園、地域型保育などを無償にする。認可外の保育施設も上限を設けて利用料を補助する。無償化の費用は年7764億円。消費税率10%への引き上げによる財源をあてる。国と都道府県、市町村で分担する。安倍晋三首相は12日の衆院本会議で「子育てや教育の費用負担の軽減を図る」と強調した。

野党は幼保無償化を機会に入所申請が多くなれば待機児童が増えて不公平が広がると訴えた。保育士の賃金水準が低いため、現場の人手不足を招いているとみる。18年6月には野党6党派が助成金の支給で保育士の給与を月額5万円引き上げる法案を提出している。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO42367290S9A310C1PP8000/

無償化の対象となるのは、保育所等や幼稚園を利用する3-5歳児、保育所等を利用する0-2歳児(住民税非課税世帯)が中心です。また、一部の認可外保育施設も対象となる見通しです。

財源は今年10月から10%へ引き上げられる消費税を充てるとされています。

この法案が可決成立すれば、子育て世帯の経済的負担が軽減されでしょう。

一方、保育所等や幼稚園の保育料は、既に世帯の所得に応じて異なる金額が設定されています。高所得世帯は高い保育料を、低所得世帯は低い保育料を支払っています。いわゆる「応能負担」と呼ばれる考え方です。

応能負担から無償化に切り替わっても、低い保育料を払っている世帯の経済的負担は大きく変わりません。しかしながら、高い保育料を支払っている世帯は、保育料が大きく軽減されます。

無償化は高所得世帯への所得移転

つまり、幼児教育無償化法案によって最も大きい恩恵を被るのは、高い保育料を支払っている高所得世帯です。

こうした指摘は、過去に何度も行われてきました。

・家計の経済的負担軽減ありきで、教育内容についての掘り下げた議論が欠けている。
・保育料は既に家庭の所得に応じて減免されているため、無償化の恩恵は高所得層に偏る。
・少子化対策としての効果も期待しにくい。
・フルタイムの保育無償化は保育時間の長時間化を助長し、時短を掲げる働き方改革との整合性を欠く。
・幼稚園の時間相当分のみ無償化し、それを上回る時間数については応能負担とするなどの対応が妥当。
・無償化対象施設となる基準や監査制度を構築し、クリアした施設を無償化の対象とすべき。
・3歳未満の子どもも親の就労の有無にかかわらず施設を利用できるように制度を改めるべき
・所管省庁の一元化、都道府県と市町村の監査の重複解消など、制度自体を合理化すべき。
・ICTを活用して自治体や現場の事務作業の効率化や好事例の共有などを進めるべき。

幼児教育無償化の問題点(池本美香氏)より

高所得世帯の購読者が多い日経新聞すら、やや批判的な論調です。

中室牧子慶大准教授の話 3~5歳の無償化にも所得制限を設けるべきだ。一律の無償化は高所得世帯への所得移転になり、格差が拡大する。日本は恩恵にあずかれない人の批判を恐れて一律の扱いをしがちだ。将来世代に借金を先送りして、高所得者に再分配することは正当化されない。

安倍政権が若い世代への投資にカジを切ったことは高く評価する。ただ潜在的な保育の需要を掘り起こし、ますます保育所が不足する懸念がある。保育所の整備と質の向上を優先すべきだ。

池本美香日本総合研究所主任研究員の話 幼児教育無償化は政策の妥当性に欠ける。政府は待機児童や保育士不足といった課題の解決を優先すべきだ。このまま無償化すれば新たに働きに出たり、有料の延長保育を利用したりする人が増えて一層深刻になりかねない。

日本の幼児教育無償化は負担軽減の側面が強く「教育の質」の確保は心もとない。新しい基準と監査制度をつくって、無償化は基準を満たした施設に限るべきだ。英国では国の教育評価機関への登録を条件としている。

小黒一正法政大教授の話 日本では既にほとんどの子どもが保育園や幼稚園に通っている。無償化をしても新たな人的資本の蓄積にはつながらない。恩恵も高所得世帯に偏りがちだ。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42367290S9A310C1PP8000/

既に日本では95%以上(大阪市)の児童が保育所等や幼稚園に通っています。「新たな人的資本の蓄積にはつながらない」との指摘は正当です。

これを裏返すと「3-5歳児の保育料を無償化しても、待機児童問題(3-5歳児に限る)は悪化しない」とも言えます。

無償化されても、低所得世帯の0-2歳児は入所しにくい

待機児童問題が深刻なのは0-2歳児です。低所得世帯の0-2歳児保育料を無償化するとどうなるのでしょうか。

既に低所得世帯の保育料は低い金額に設定されています。これを無償化すると、一定程度の需要は喚起されるでしょう(決して大きくは無いですが)。

ここで大きな問題を生じかねないのは、入所調整システムです。

多くの自治体では、保護者の就労状況等をポイント換算して入所審査を行っています。原則として、就労時間が長い世帯ほど入所しやすくなっています。

フルタイム共働きで一定程度の所得がある世帯と比較して、低所得世帯の就労時間は同等ないしは短いでしょう。

結果、幼児教育無償化に刺激されて入所を申し込んだが入所できず、不満が噴出する可能性が高いです。

1年後、「絵に描いた無償化、入所できなければ無意味」との記事が掲載されるでしょう。

都市部で生じる待機児童問題、地方は施設過剰

ただ、だからと言って「無償化では無く、待機児童対策に充てるべし」という意見にも賛成しかねます。待機児童問題の多くは都市部で生じているからです。

中核都市以外の地方では少子化が加速しています。閉鎖・統廃合される幼稚園や保育所も少なくありません。

こうした地域では生じているのは、待機児童問題ではなく「児童減少問題」です。既存の子育て支援施設を維持するのに四苦八苦しています。

結局の所、待機児童問題を重視すると「都市部への所得移転」となってしまいます。

何が少子化対策に資するのか

そもそも、幼児教育無償化の目的は「少子化対策」でした。

少子化が進展した主な要因は「経済的不安による未婚率の上昇」でした。これを解消するのが、根本的な少子化対策となるでしょう。

幸いな事に、若年層の雇用状況は大きく改善しています。以前の世代より経済面では恵まれているでしょう。婚姻率の上昇が期待できそうです。

また、経済的不安を感じて婚姻・子育てに踏み切れないのは、子育てにお金が掛かるのが大きな理由でしょう。

ここまで子育てをしてきて、常に不安に感じているのは「中学校以降の教育費」です。保育所や小学校生活で必要な教育費等は、毎月の収入内で賄ってきました。

しかし、中学校以降の教育費等も収入内で賄えるかには不安があります。大学の学費は到底無理です。

子育て世帯の経済的不安を払拭する制度を期待したいです。