鹿児島市にある認定こども園「可愛幼稚園」で働く保育士(後に懲戒解雇)が園児を切りつけて重傷を負わせた事件に関し、鹿児島市が設置した第三者委員会が市長へ報告書を提出しました。
報告書は鹿児島市ウェブサイトに掲載されています。
分量は若干少なめですが、背景事情には過不足なく指摘しています。
事件発覚前から多発したヒヤリハットやケガ
当該園においては、事故等の発生について、その程度により「ヒヤリハット報告書」「軽微なけがの記録簿」「事故対応記録簿」により記録を行っていた。この3つの記録簿の件数の合計は、当該男児が在籍する1歳児クラスにおいて、令和6年4月1日から当該男児の傷害事案発生の前日である6月6日までの間で22件ある。他の6クラスの平均が約3件であることと比較すると、突出した件数である。
事故発生時(のちに当該保育教諭が傷害の疑いで再逮捕された事案)においては、当該保育教諭の「走って転び柱にぶつかってできた傷」という説明を受けた職員は、傷の向きがおかしいと思いながらも、当該保育教諭の言葉を信じ受け入れていた。
事件が発生した1歳児クラスでは、他のクラスの7倍以上というヒヤリハットが記録されていました。確かに1歳児はケガ等が少なくない年齢ですが、7倍という頻度は異常です。原因分析と再発防止策の検討が不可欠ですが、情報共有に留まっていました。
不自然なケガもありました。1歳児が走って柱にぶつかる事は起こり得ますが、傷が付くような柱には保護マット等を巻くのが一般的です。経験上、傷よりも「たんこぶ」が多かったです。
「1歳児」というのも一つのポイントです。2歳児以上となれば、帰宅後に保育園で遊んだ内容等を話してくれます。我が家の子供は、「今日は○○を食べた」と教えてくれます。
しかし1歳児はお話しするのが未だ難しい年代です。当該保育教諭に嫌な事をされても、親に伝えるのは困難です。どこかに「1歳児なら親にバレない」という意識はあったでしょう。
但し、口には出せなくても、態度には示せます。自分に嫌な事をした職員は1歳児でも避けます。こうした様子を保護者が目撃したならば違和感を持ったでしょうが、持てない事情がありました(後で触れます)。
保育教諭の異変に職員は対応せず
事件前、当該保育教諭は急な休みや遅刻・欠勤が急増していました。
当該保育教諭においては、担任になった4月以降、急な休みが増え、遅刻や早退をするなどの状況があり、周りの職員も園長・主幹教諭等(以下「管理職にある職員」という。)も、当該保育教諭の勤務状況に変化があることに気づいてはいたが、事案発生に至るまで、担任から外すなど、特段の対応が取られていなかった。
急な欠勤や遅刻早退は典型的な異変サインです。管理職は変化に気付いていましたが、特段の対応等は行いませんでした。
当時、当該保育教諭は「仕事や職場の人間関係に悩んでいた」「疲労もあり、いっぱいいっぱいだった」という状況であり、メンタルヘルス不調という兆しも生じていました。管理職が事態を軽視していたとの批判は免れません。
違和感を持っていた職員もいましたが、子供を故意に傷つける行為は全く考えていませんでした。
複数の職員が当該保育教諭に対する当該男児の態度に違和感を持っていたが、保育教諭が子どもを故意に傷つける行為自体が想定外であり、不適切保育が発生しているという発想に至らず、不自然な怪我や事故が発生した場合においても職員会議などの場を設けての状況の共有や振り返りなど、適切な対応が行われていなかった。
傷害行為を疑うのは酷です。考えが及ばなかったとしても仕方ありません。疑いだしたら、チームとしての保育が難しくなります。
子供の送迎は敷地出入口まで
たとえ職員が何らかの異変に気付かなくても、保護者が気付いて指摘する事は少なくありません。
しかし、驚くことに、当該こども園は保護者が敷地出入口で子供を職員に引渡すシステムを採用していました。新型コロナウイルスの感染抑止の為に導入された制度が、5類移行後も存続していました。
管理職にある職員からの聴取によると、新型コロナウイルス感染症の流行以前は、児童の送迎時に保護者が園庭まで入り、引渡しを行っていたが、同感染症流行後は敷地出入口での引渡しに変更し、5類移行後の現在においても敷地出入口での引渡しを続けている。
当該女児保護者からの聴取及び保護者会が全保護者を対象に実施したアンケートによると、「送迎は敷地出入口での引渡しだったので、園内や子どもの様子を見ることはできなかった」「迎えは敷地出入口での引渡しのため、中の様子や遊んでいる様子が分からない。お迎え時、ただ引き渡されることが多く、保育教諭と話す機会が少ない。」など、園内情報の共有に関して不満の声が一部にあり、保護者への情報提供が十分ではなかったものと考えられる。
本当に驚きました。保護者が保育士とじっくり話す時間がないどころか、保育室内の様子は全く見えません。保護者にとって、保育室やこども園自体が完全な密室となっていました。「園ぐるみでの隠蔽」とも受け取られかねません。
こうした体制では保護者と職員・こども園で十分なコミュニケーションが取れる筈がありません。
当該女児保護者からの聴取及び保護者会が全保護者を対象に実施したアンケートによると、「当該保育教諭ともほとんど会話をしたことはなかった」「顔と名前が一致していない先生も多い」など、日常的なコミュニケーション不足から、保護者と保育教諭との信頼関係が構築できておらず、子どもの状況について情報共有を行いにくい環境となっていた可能性がある。
当然の帰結です。子供の様子に異変等があっても、職員等に訊ねるのが困難でした。信頼関係も状況共有も全く不十分でした。
本事件の責任は当該保育教諭にあります。しかし、保育教諭の異変を見落とし、園児への傷害行為を可能とする環境を放置した責任はこども園にあります。園としてのガバナンスが欠落していました。