大阪市長選挙が3月26日に告示されます。事実上、横山秀幸氏(大阪府議、大阪維新の会)と北野妙子氏(大阪市議、自民党を離党)との一騎打ちになる公算です。

大きな争点の一つとなる可能性があるのは「教育問題」です。橋下徹氏が大阪府知事に就任した2008年以降、大阪では様々な「教育改革」が行われてきました。これは全国学力テストの結果が全国最低水準に低迷する等、「学力の低さ」への危機感によるものです。

代表的なのは私立高校の授業料無償化・公立高校の学区撤廃・大阪市立小中学校での学校選択制でしょう。あれから十数年、大阪の教育は好転したのでしょうか。産経新聞が取り上げました。

検証 維新政治
㊦教育改革 政治が主導、学力いまだ伸び悩み

維新は学力向上の前提として、家庭環境に左右されず、学ぶ機会を保障する政策を進めてきた。代表例が、高校授業料の実質無償化だ。

公立高校の授業料無償化がスタートした22年4月、維新創設者で当時府知事の橋下は全国に先駆け、年収350万円未満の世帯を対象に私立高校の授業料無償化に踏み切った。23年度からは年収610万円未満まで対象を拡大した。

橋下の肝煎りで始めた施策を後継の松井と現府知事(維新代表)の吉村洋文も継承。府教育庁が私立高3年生の保護者を対象に実施した令和3年度アンケートでは「無償化制度があったから私立を選んだ」との回答が全体の8割を超えた。

松井は府知事として平成26年、教育行政基本条例とともに24年に成立した府立学校条例に基づき公立高入試の学区を撤廃し、居住地に関係なく、どの公立高でも受験できるようにした。

これに伴い、府立北野高(大阪市淀川区)をはじめとする進学校に優秀な生徒が集まる一方、私立高の授業料実質無償化の影響もあり、人気校と不人気校の差が拡大。「定員割れ」が続く公立高の統廃合が、計画を上回るペースで進む。

大阪市では、公立小中学校の校区を越えて進学先を選べる「学校選択制」を26年4月に導入した。ただ、こうした改革とは裏腹に、令和4年4月の全国学力テストで、府内の小中学校の平均正答率は国語と算数・数学、理科の全教科で全国平均を下回った。平成19年の学力テスト導入後、全国平均を上回った教科は、数えるほどしかない。

選択の自由を保障したことは学力向上に直結していないが、松井は明言する。

「学校の環境を少しずつ変えてきており、今の路線は間違っていない。子供たちも競争にさらされ、生き抜く力を身に付けてもらいたい」

https://www.sankei.com/article/20230318-ZXI3SK4C5VNMZOM3CZPS5FMLE4/

「私立高校授業料の実質無償化」は「全ての私立高校生が経済的負担なくして登校できる」わけではありません。所得制限が厳しく、適用対象は授業料や施設整備費等に限られています。

私立高校授業料無償化(大阪府)は所得制限あり、基準超過で年100万円負担も

共働きして保育所等を利用している家庭の多くは、所得制限に引っかかります。「今は大丈夫」であっても、高校入試を迎える十数年後には世帯所得が今より増加する筈です。

また、修学旅行の積立金・教材費・部活動費等は無償化の対象外です。私立高校はこうした部分の費用負担も重く、家計にのし掛かります。

我が家もここ数年内に高校受験が控えています。子供には「公立高校に進学して欲しい」と明確に伝えています。学力や地域性等を踏まえた、候補となる複数の高校も伝えています。

学区撤廃も大きなトピックでした。大阪府を代表する進学校である北野高校や天王寺高校には、従来は学区から外れていた地域から通学している生徒が一定数存在すると聞きます。

北野高校の合格者の殆どが学んでいる馬渕教室(2023年度入試での合格者占有率85%)が校舎毎に公表している合格者一覧を見ると一目瞭然です。馬渕教室四條畷校からは北野高校5人、天王寺高校4人が合格しました。


https://kouju.mabuchi.co.jp/osaka2/school/shijonawate/

学区が撤廃されるまでは学区内の進学校たる四條畷高校や大手前高校に進学していた層でした。トップ層の学生にとっては選択肢が広がりました。また、他の学力層でも大阪市内中心部の高校へ進学する生徒が増えたでしょう。

ただ、トップ層の学校も大変です。大阪府では公立高校10校に進学を重視する「文理学科」を設置しました。が、入学競争が過熱気味です。2023年度入試に於ける10校の平均倍率は約1.4倍でした。3人に1人が不合格となります。

文理学科の受験では、英検2級・準1級の取得(英語試験の当日点が保障される)、馬渕教室等への塾通い(3年間で約200万円)が受験要件に近い取り扱いとなっています。中学生に英検2級や準1級の取得を促すのは過剰です。子供や世帯の負担は重く、経済的格差が教育格差に繋がっています。

学区制を撤廃すると、割を食うのは他地域から通学しにくい学校です。鉄道駅から距離がある、府境に近い地域にある等が典型的です。他地域から学生を呼び込むことが難しく、同地域の学生が都心部へ流出しがちです。

平成31年3月末で閉校した西淀川高校がその一つです。下記論文にて「X高校」として取り上げられています。学区拡大を契機に学生減が加速し、廃校に追い込まれました。

X 高校の創設は,1978年である。府立高校139校のうち112番目に設置された校であり,進学率上昇による高校新増設ブームのほぼ終盤にできた学校であると言える。学区内ではもっとも隣接県寄りの端の位置に立地しており,周辺は工業地区である。新設の学校であり,通学の便もそれほど良くなかったことから,X 高校の入学者のレベルは高くはなく,当初から困難を抱え込んだ学校ではあった。しかし,その「困難校」ぶりが極まるのは,2005年に大阪府が,従来の9学区から4学区へと通学区域を拡大して以降のことである。以来,X 高校の入学者募集は,7年連続して定員割れを起こしており,二次募集でも不足は埋まっていない。府内の業者のデータによれば,偏差値は36とされている。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/eds/92/0/92_47/_pdf

大阪市が独自に導入した「学校選択制」も、当初に想定した効果を上げているとは言い難いです。

周囲で学校選択制を利用している方から話を聞いたところ、小学校については「隣接校の方が通学しやすい」「一定以上の規模がある学校の方が良い」という考えを聞きました。中学校では「やりたい部活動が学区校にない」「学力水準が不安、進学実績が良くない」という意見がありました。

一つの子育て世帯として、通学する小中学校を選択できるのは有り難い制度です。しかし、これをもって学校毎の競争を促すのはおかしな話です。どの学校へ通学しようとも、同種の教育が行われるべきなのが公教育ではないでしょうか。様々な特色があるにしろ、地域性や立地が異なる公立学校を競争させるのは不合理です。

学力水準も思うように伸びていません。十数年が経過しても、大阪市の学力水準は全国最低水準を行き来しています。「学校選択制は想定した効果を上げなかった」と言うべきです。

【学力テスト2022】大阪府は下位に低迷、大阪市は全国最低水準、上位は北陸3県・秋田・東京

そもそも学校選択制によって学校間の競争を促し、よって学力を向上させるという建て付けがおかしかったのでしょう。学力を一定程度まで上昇させるには、学校と家庭で適切に学習を進めるのが効率的です。授業と宿題・復習という、車の両輪が必要です。

成績優秀という話を聞く子供の多くは、教育熱心な家庭とも聞きます。学習塾に通っている、保護者が家庭で小まめに教えている等、方針は区々でしょう。反対に家庭で勉強する雰囲気がなければ子供が遊び続けてしまい、学力が伸びないのは当然です。

大阪市では後者の家庭が少なくないと聞きます。市は塾代助成事業を展開していますが、どれだけの層が塾代助成事業を利用して学習塾等へ通っているかは見えません。

こうしてみると、ここ十数年の間に大阪府・大阪市が行ってきた学力向上策は的外れだったと言わざるを得ません。競争政策による恩恵を受けたのが一部の学校や学生のみ、それ以外の学校や学生にはデメリットが目立ちます。

私自身は子供に積極的な競争を促すのは将来展望がイメージできる高校・大学でも十分だと考えています。小学校・中学校段階では余りに早過ぎます。近所の中学生が週5で通塾していると聞いた時は言葉を失いました。

学力向上という目標設定は賛同します。ただ、その為の手段が歪です。競争を促すのでは無く、学習に対する障壁を取り除き、意欲を向上させる方策が必要ではないでしょうか。

端的に言うと、「もっと学校に人と金を配分して下さい」です。お世話になっている学校の管理職と話をする度に、何度も「先生が足りない、予算が足りない、困っている」と聞かされています。競争や無償化より先に、まずは学校を充実させて欲しいです。