私立高校へ通学する生徒への授業料支援の拡大案に関する折衝が大詰めを迎えています。「所得制限の撤廃・支援額の引き上げ」を求めている日本維新の会に対し、自民・公明両党は「所得制限の撤廃」を提示しています。

 自民、公明両党が、高校授業料の無償化を巡り、私立については2026年度から所得に関係なく年39万6千円を上限に助成する案を日本維新の会に提示したことが分かった。現行の就学支援金制度は「年収910万円未満」の世帯に年11万8800円、「年収590万円未満」の世帯には年39万6千円を助成する仕組みだが、所得制限を完全撤廃し、支援金も拡充する。与党関係者が13日明らかにした。

自公は、26年度以降の拡充に向けた手順を定める「プログラム法」を制定する考えも伝えた。法的な担保を求める維新の主張に応じた形。ただ、維新は支援金額のさらなる上積みなどを求めており、折り合っていない。

自公はこれまでに、所得にかかわらず公立、私立に通ういずれの世帯にも25年度から高校授業料として年11万8800円を助成する案を示している。公立は実質無償化になるが、維新は私立では不十分と主張していた。

維新は、高校の授業料無償化と社会保険料の引き下げを25年度予算案に賛成する条件としている。

https://news.yahoo.co.jp/articles/6860e8a64d78328f9b2e81bdce4d4b39bf12b53f

これまで所得制限を受けていた子育て世帯に取って、制限の撤廃は朗報です。

本案によって支援が拡大されるのは「所得制限を受けている、私立高校へ通学する生徒がいる世帯」です。所得制限を受けていない世帯や公立高校へ通学する生徒がいる世帯には直接の影響等はありません。

また、私立高校は全国津々浦々にある物ではありません。多くが都市部にあります。

都市部と地方とでは、私立高校へ通学する生徒の割合はどれだけ違うのでしょうか。文部科学省が作成している「学校基本調査(令和6年度)」より、都道府県別の国立・公立・私立高校の在籍者数(全日制+定時制)と割合を可視化しました。

都道府県人数割合
合計国立公立私立国立公立私立
合計2,898,3578,0361,888,0001,002,3210.3%65.1%34.6%
北海道107,688078,44629,2420.0%72.8%27.2%
青森県27,580020,0627,5180.0%72.7%27.3%
岩手県28,073021,5786,4950.0%76.9%23.1%
宮城県53,117036,44516,6720.0%68.6%31.4%
秋田県20,070017,8962,1740.0%89.2%10.8%
山形県25,536015,9999,5370.0%62.7%37.3%
福島県41,476031,9329,5440.0%77.0%23.0%
茨城県68,009048,17219,8370.0%70.8%29.2%
栃木県46,242032,75613,4860.0%70.8%29.2%
群馬県45,198033,42411,7740.0%74.0%26.0%
埼玉県159,345477105,17253,6960.3%66.0%33.7%
千葉県136,620087,76748,8530.0%64.2%35.8%
東京都302,4113,211125,386173,8141.1%41.5%57.5%
神奈川県191,2730121,25970,0140.0%63.4%36.6%
新潟県48,505036,04612,4590.0%74.3%25.7%
富山県23,850018,4195,4310.0%77.2%22.8%
石川県28,83136219,9298,5401.3%69.1%29.6%
福井県20,121014,0926,0290.0%70.0%30.0%
山梨県21,007014,7316,2760.0%70.1%29.9%
長野県49,827039,8659,9620.0%80.0%20.0%
岐阜県48,224037,62010,6040.0%78.0%22.0%
静岡県88,004055,54632,4580.0%63.1%36.9%
愛知県181,097706120,14060,2510.4%66.3%33.3%
三重県42,028032,0549,9740.0%76.3%23.7%
滋賀県35,896027,8088,0880.0%77.5%22.5%
京都府64,55144533,46630,6400.7%51.8%47.5%
大阪府197,4541,283106,17689,9950.6%53.8%45.6%
兵庫県123,458091,92831,5300.0%74.5%25.5%
奈良県30,785021,2089,5770.0%68.9%31.1%
和歌山県22,149017,9434,2060.0%81.0%19.0%
鳥取県13,50709,9123,5950.0%73.4%26.6%
島根県16,635013,0893,5460.0%78.7%21.3%
岡山県47,284031,89115,3930.0%67.4%32.6%
広島県66,4851,19141,90423,3901.8%63.0%35.2%
山口県29,339020,5058,8340.0%69.9%30.1%
徳島県15,662015,0056570.0%95.8%4.2%
香川県23,141017,3385,8030.0%74.9%25.1%
愛媛県30,24336121,9597,9231.2%72.6%26.2%
高知県16,158011,1195,0390.0%68.8%31.2%
福岡県123,463071,58351,8800.0%58.0%42.0%
佐賀県21,993016,2205,7730.0%73.8%26.2%
長崎県32,824021,76411,0600.0%66.3%33.7%
熊本県42,940027,04515,8950.0%63.0%37.0%
大分県28,201019,8958,3060.0%70.5%29.5%
宮崎県28,553019,2409,3130.0%67.4%32.6%
鹿児島県40,803026,59714,2060.0%65.2%34.8%
沖縄県42,701039,6693,0320.0%92.9%7.1%

実はこの問題は、高校入試における公立高校進学者と私立高校進学者だけを見ていると実態を見落とします。一定数の生徒は小学校や中学校から私立学校へ進学しています。つまり、高校入試を経た外部入学者に私立中学校からの内部進学者を加えた数字が私立高校在籍者となります。

高校生の内、約65%が公立高校に、約35%が私立高校に通っています。一方で都道府県毎に数字は大きく異なっています。都市部で高く、地方で低いという傾向が如実に現れています。

群を抜いて高いのは東京都(57.5%)です。高校生の半数以上が私立高校へ通っているのは衝撃的です。公立高校が少数派です。

次いで高いのは京都府(47.5%)・大阪府(45.6%)・福岡県(42.0%)です。いずれも40%を超えています。人数ベースでは埼玉県・神奈川県・千葉県・愛知県が多いです。

反対に私立高校在籍率が10%を下回っている都道府県もあります。徳島県(4.2%)と沖縄県(7.1%)です。私立高校の数が少なく、実質的な選択肢となりにくいのでしょう。

仮に私立高校の授業料支援が拡充された場合、最も大きな恩恵を受けるのはどの都道府県になるのでしょうか。

在籍割合や人数で見ると東京都や大阪府が該当しますが、実は既に授業料支援における所得制限の撤廃を決定・実施しています。国レベルでの拡充が決定しても、授業料支援の規模等に変化はないと考えられます。ただ、都や府の負担額が減少するので、代わりに別の支援(例:私立中学校の授業料支援・塾代支援等)へ振り向ける可能性はあります。

となると、支援を受ける生徒の割合が最も大きいのは京都府となります。

京都府は長きに渡って小学区制を導入した過去があり、私立高校の経営母体となりうる宗教法人や大学も数多くあります。こうした歴史的背景により、様々な特色を有する数多くの私立高校があります。

日本維新の会で代表代行・国会議員団長を務めているのは、京都2区(左京区・山科区・東山区)を選挙区とする前原誠司氏です。特に選挙区たる左京区や山科区には多くの有名高校が集っています。

私立高校への授業料支援の拡充による恩恵が集中するのは、私立高校へ通学する生徒の人数・割合が高い三大都市圏に住む、現に所得制限を受けている中高所得世帯です。

多くの私立高校が設置されている都市部は選択肢が多い反面、地方は数が限られています。自宅から遠方にある私立高校へ通うには交通費等がかさむどころか、そもそも物理的な交通手段がないケースも多いです。都市と地方の格差を拡大させます。

私自身としては、子育てに関する様々な支援に所得制限は極力設けない方が望ましいという立場です。世帯所得が同一である高所得子育て世帯と子なし世帯を比較し、どちらも子育て支援がない(前者は所得制限に抵触する)のは公平さを欠いています。世帯所得による負担能力の違いは、税で調整するのが公平で簡素で中立的です。

所得制限を設けるとしても、制限適用の有無によって支援額に雲泥の差が生じるのは問題です。「103万円の壁」を撤廃する協議が進んでいますが、それを遙かに上回る「年収910万円の壁」や「年収590万円の壁」があります。年収帯を細分化する等、壁を越えても影響がなだらかになる制度は必要です。

育てている子供の人数に応じた支援額や基準も大切です。子供1人と子供3人とでは、世帯で負担できる教育費等の額に大きな違いがあります。多子世帯にとっては、所得制限の撤廃が相対的に不利に働きます。優遇や上積みされていた部分が雲散霧消します。

私立高校授業料支援拡充に関しては、「子供が私立高校も選べる環境が望ましい、私立と公立の競争による切磋琢磨を図るべき。」という意見もあります。

前者は確かにその通りですが、入学後は授業料以外にも様々な諸費用が生じます。負担するには一定以上の世帯所得が必要となります。「世帯所得に影響されずに選べる様になる」というのは建前、「授業料支援等が無くても選べる世帯への支援拡充」という本音が見え隠れしています。

中高所得世帯への支援を拡充すると、支援額の多くは学校外教育費へ充当される可能性が高いです。既に都市部等で過剰となっている教育熱が更に過熱化します。既に子供が高校生に達している家庭では、新たな子供が産まれる可能性は極めて小さいです。

大阪では既に中学受験が更に過熱化していると聞いています。高校3年間の授業料が無償化されるので、中学受験するハードルは大幅に下がりました。中学受験するには、学習塾代・中学校の授業料等も必要です。これらを負担できる家庭に授業料を支援する必要性があるのでしょうか。

子育て世帯の教育負担を軽減したいのであれば、進学先に関係なく一定額を世帯へ交付するだけで十分です。公立高校に進学しても、入学前後に教科書代・制服代・その他諸経費で20万円前後~は必要です。

私立と公立の切磋琢磨を図るには、公立高校への予算を大幅に拡充するのが必要不可欠です。公立高校の教育の質を向上させるのに必要なのは、一にも二にも「金」です。設備を拡充するのにも優秀な人材を呼び込むのにも「金」が必要です。

公立高校の老朽化は甚だしいです。特に大阪では安全性に問題が生じるレベルに達しています。

老朽化が深刻な大阪府立高校、築70年以上で改築予定

私立高校の授業料支援を拡充する前に、より優先すべき文教事項は山積みです。支援拡充後に生じるのは、子育て世帯間の格差拡大です。

既に令和7年度入試高校入試は行われており、既に進学先が決定した生徒も多いです。新年度の授業料支援拡充を議論するには遅すぎるタイミングです。進路決定した中学生を馬鹿にした話です。