沖縄県の保育所に通っていた頃の栗原心愛さん(朝日新聞より)

今年1月に千葉県野田市にて父親に虐待死させられた栗原心愛さんの事件、覚えていますか?

【野田市10歳女児虐待死】風呂で冷水シャワー 傷害容疑で父親逮捕 学校で「父からいじめ」と相談

この度、千葉県柏児童相談所・野田市・小学校等の対応を検証し、改善策を提言する答申が公表されました。

児童虐待死亡事例検証報告書(第5次答申)について

本年1月の野田市における女児虐待死亡事例を受け、2月から11月まで10回にわたり、児童虐待死亡事例等検証委員会において検証を進めてきたところですが、社会福祉審議会児童福祉専門分科会社会的養護検討部会での審議を経て、このたび児童虐待死亡事例検証報告書(第5次答申)がまとまりました。

県では、二度とこのような痛ましい事件が起こることのないよう、子どもの命を最優先にするという強い決意をもって、いただいた提言にあるすべての項目を確実に実行してまいります。

1.答申の概要
(1)対応状況と課題
1 市への転入から児童相談所が受理するまで
2 一時保護の決定と対応について
3 一時保護中の調査、アセスメント、機関連携について
4 一時保護解除の判断と以降の援助方針
5 一時保護解除以降の対応について
6 経過を通して共通する主な課題

(2)提言(改善策)
1 児相や関係機関において全職員に対して児童虐待事案への対応における基本を再度周知・徹底すること。
2 児相や関係各機関職員の虐待事案への対応力を高めるため、研修の充実・強化と研修機会を保証すること
3 児相の業務執行体制の強化(人員・組織体制)を図ること
4 市町村要対協の強化、関係機関との連携を強化すること。
5 県民に対する広報、啓発に努めること。

2.検証報告書
児童虐待死亡事例検証報告書(第5次答申)(PDF:2,205KB)

https://www.pref.chiba.lg.jp/jika/press/2019/shiboujireidai5ji.html

報告書は全60ページです。小一時間で読めます。本件に興味関心がある方は、是非ご覧下さい。

要旨は末尾の「おわりに」という形で記載されています。

本事例は、父から暴力を受けていた本児が、学校のアンケートに「先生、どうにかできませんか」と記入し、学校が市に通告したことが発端となって本児への支援が始まった。児童本人がこうした訴えをすることは稀であり、勇気を持って訴えた本児は、何としても守られるべきだったし、救える命であった。

さて、A 市からの送致を受けて、児童相談所はその日のうちに本児を一時保護した。そのこと自体は適切な措置であったが、一時保護に至る過程を検証すると、児童相談所、A 市いずれの担当者にも基本ルールが徹底されておらず、適切な対応がなされていなかった。それが以後の支援にさまざまな齟齬を 生じさせる要因の一つとなったことは、本文で指摘したとおりである。もちろん、一分の隙もない完璧な支援を行うのは至難の業だが、間違いに気づき、それを修正しながら取り組むことなら可能なはずだ。

だが、本事例の全経過を俯瞰すると、ミスがミスを呼び、アセスメントやリスク判断が不十分なまま 一時保護が解除され、在宅での支援に際してもそれらが修正されず、漫然と推移した末に痛ましい結果を招いたと言わざるを得ない。

こうした経過を許した背景には、さまざまな課題が重層的に絡んでいた。

現在は、全国的にみても児童相談所、市町村とも急増する児童虐待通告への対応に追われて四苦八苦しているが、本事例を担当した児童相談所もA市もその例外ではなかった。すなわち、人員増を含む体制強化が追いつかず、人材育成は後手に回り、個々の職員は基礎的な知識を得る間もなく日々の対応に追われ、原則的な対応すら守られない状況があった。

当該児童相談所は管轄人口の規模も大きく、所長をはじめ上司が本事例を含めて必要な事例に目配りすることに困難さがあり、人員は足らず、経験は不足がち、スーパーバイズも十分機能せず、所内での時宜にかなった検討も不十分で、得られた情報が生かされず、組織としての適切な判断がなされない状態が 続いていた。

A 市においても、市としての主体性やネットワークの力を発揮することができなかった背景には、要保護児童対策地域協議会に登録された事例数が、現状における市の対応力を超えており、適切に進行 管理しきれなかったことがうかがわれ、専門性も不足していた。

こうした課題を一挙に解決するのは簡単ではないかも知れないが、自ら救いを求めてきた本児の命が失われたことの重みを、学校・教育機関を含めて児童虐待にかかる県内全ての関係機関、全ての職員が 真摯に受け止め、本答申も活用しながら、得られた教訓を今後に生かすよう望みたい。

また、本検証で示した提言について着実に実行し、体制の強化と援助の質を高めることを求めたい。

最後に、本児の冥福を祈り、検証報告書を閉じることとしたい。

千葉県児童虐待死亡事例等検証委員会

児童虐待死亡事例検証報告書(第5次答申)(PDF:2,205KB)

報告書は柏児童相談所や野田市(A市)の対応を厳しく指摘しています。

その反面、児相や野田市児童課が抱える事案が余りにも多く、マンパワーが著しく欠けていたとしています。

当該児相の管轄人口は約140万人と、全国の児相の中でも大規模となっている。

また、A市の人口が約15万人にも関わらず、A市担当児童福祉司2名体制で対応していた。平成29年度当時の児童福祉法施行令では、人口4万人に1人の児童福祉司が標準とされており、国の標準を大きく上回る業務量となっていた。児童福祉司は、近年の児童虐待相談対応件数の急増により、重篤事例を含めて1人で大量のケースを抱えていた。

(同報告書42ページより)

当該事案を担当した児相は、神戸市・福岡市・川﨑市等に匹敵する人口を管轄しています。ただ、管轄地域の面積は政令市の数倍~数十倍に相当し、職員は他児相等とも異動します。

結果、政令市の児相等と比べると、業務の効率性や継続性が劣るのは否めません。対応能力に限界があり、一つ一つの事案に丁寧に対応できなかったという指摘は正当でしょう。

報告書では指摘が不十分だと感じる箇所もありました。虐待死の契機となる念書の交付やアンケートの開示に応じた、野田市教育委員会幹部職員の対応です。

課題5-2
教育委員会やa小学校が念書やアンケートについて父の要求に応じたのは不適切

念書には、「児童への対応等が必要となった場合、保護者及び教育委員会への情報開示を即座に実施」等が盛り込まれており、将来に禍根を残しかねないものであった。本来、念書の要求は拒むべきであったし、仮に念書を渡すとしても、内容については慎重かつ十分な吟味、検討が必要であった。

また、父がアンケートを渡すよう求め、そのまま応じることが子どもの安全を脅かす危惧があることは理解できたはずであり、子どもの立場に立って、少なくとも直ちには渡さず、検討する等の回答をして、父に渡すことは拒むべきだった。

このような事案に対し、誰がどう対応するかという組織的判断を下す体制がなく、安易に話し合いに臨んでしまった。また、検証委員会によるヒアリングでは、a小学校や教育委員会の個人情報保護条例等に関する知識が乏しかった。

(同報告書35ページより)

「不適切」の一言で済ませられる話ではありません。マンパワー不足といった外部的な要因はありません。「幹部職員の重過失」と言う、万死に値する判断ミスです。

アンケートや念書を渡せばどうなるか、素人でも想像できます。

この対応が父親(栗原勇一郎被告)の市教委や児相に対する極度の警戒心を引き起こし、虐待死へ繋がるレールを敷きました。

本件では母親の栗原なぎさ被告に地裁で懲役2年6カ月(執行猶予5年)の判決が言い渡され、確定しました。

父親の栗原勇一郎被告の裁判は未だ始まってません。