理系人材の不足を受け、文部科学省は理系を志望する高校生の割合を4割まで引き上げる方針を固めました。が、文部科学省が方針を掲げても、選ぶのは高校生本人です。適性や明確なメリットが必要です。

 文部科学省は、理系志望の高校生の割合を、現在の3割から2040年までに4割へ引き上げる方針を固めた。高校で理科や数学などの教育を充実させるために3000億円の基金を26年度に新設することを検討する。

文科省によると、24年の高校3年生約95万人のうち、普通科で文系を志望する生徒は47%を占める一方、理系は27%にとどまる。背景には女子の理系離れや、保護者らに「理数科目は早めに捨てて偏差値を上げ、大都市の有名大に行けば安泰」などの意識があるとみられる。

経済産業省の推計によると、40年には社会のデジタル化が進み、理数に強い専門人材が330万人不足する。しかし、文系が中心の事務や営業職といった人材は320万人余剰になると見込まれる。

文科省は、40年までに高校の理系比率を39%、文系を30%にする目標を掲げる。卒業後に地域の産業を支えることが期待される工業科や商業科などの専門高校生の割合も、24年の20%から26%に引き上げる。

創設する基金は、実験機器や3Dプリンターなどの設備投資、理数系教員増員、地域の実情に応じた公立高の再編・統合に活用することなどが想定されている。

https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20251106-OYT1T50195/

理系人材の不足は文部科学省高等教育局が作成した資料に詳しく記されています。

・③2040年には、経済産業省の推計によると、AI・ロボット等の活⽤を担う⼈材が約300万⼈不⾜。
・⼀⽅で、事務、販売、サービス等の従事者は約300万⼈余剰するリスク。
・同推計によると、⼤学・院卒の理系学⽣や、短⼤・⾼専等卒業者が約50万⼈前後ずつ不⾜。
・職種間、学歴間のミスマッチの解消のため、労働需要に対して必要な労働の質の向上及び⼈材供給の在り⽅の再検討が必要。

・義務教育終了段階では、⽐較的⾼い理数リテラシーを持つ⼦供は約4割いるにもかかわらず、⾼校段階では普通科理系が2割、⼤学⼊学時には理⼯農系学部の学⽣は約1割に半減し、修⼠・博⼠と先細っている状況。
・特に⼥⼦の理系離れは深刻であり、学⼠の理⼯農系進学は⼥⼦全体のうち5%にすぎず、⼤きなアンバランスが⽣じている。

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高等教育や労働市場における文理ギャップを埋めるには「その前提となる高校段階で理系を選択する高校生を増やす必要がある」と判断したのでしょう。

しかしながら、高校生が理系を選択する割合を引き上げるのは簡単ではありません。

本人の意思や適性を前提とし、その後の進学や就職への見通しも必要となります。端的に「実社会で理系が足りない」と指摘されても、おいそれと進路を決められる訳がありません。

高校生の意思や適性は?

まずは高校生の意思や適性です。

上記資料が義務教育終了段階で⽐較的⾼い理数リテラシーを持っいてても約半数が理系へ進学しない事や、女子の理系離れを指摘している点には強い違和感を覚えます。

高い理数リテラシーを有する生徒の多くは、高い文系リテラシーも有しています。双方の旧帝国大学に代表される難関国公立大学や一部難関私立大学の文系学部の多くでは、学校毎の独自試験で数学が出題されており、文理双方のリテラシーが求められています。

上記資料からは「理数リテラシーを有している生徒は理系へ進学するのが望ましい」という考えが滲みだしており、受験や社会の実情とやや食い違っています。

「女子の理系離れ」も現実離れしています。「○○離れ」は共にあった状態から離れていく現象を表していますが、「女子の理系離れ」は起きていません。もともと距離がありました。むしろ、最近は理系進学を選択する割合が少しずつ上昇しています。いわゆる「女子枠」も後押ししています。

進学校は半数以上が理系選択

高いハードルとなるのは高校生の文理選択、そして大学の文理別の収容定員です。

次は高校段階での文理選択の状況を確認します。

データで見る府立高校(入学者選抜結果・定員・学校別在籍者数)には、各学校毎の在籍者が掲載されています。進学校たるGLHSでは文系・理系毎の在籍人数が区分されています。進学校の文理選択の実態が分かります。

学校名3年文系3年理系3年生計理系割合
北野高等学校9825335172.1%
大手前高等学校14821035858.7%
高津高等学校16817934751.6%
天王寺高等学校9126335474.3%
豊中高等学校14120935059.7%
茨木高等学校10521431967.1%
四條畷高等学校13621735361.5%
生野高等学校14920235157.5%
三国丘高等学校12219431661.4%
岸和田高等学校12818631459.2%

医学部や旧帝大理系学部への進学希望者が多い北野高校や天王寺高校が理系率7割台、地域トップ高たる茨木高校・四條畷高校・三国丘高校が6割台。少子化が進んでいたり他の文理学科設置校へも進学しやすい地域にある5校が5割台となっています。

学力最上位層は文系より理系選択者が多くなっています。上位層・中位層になるにつれて文系選択者が増えていきます。理系を選択する高校生の割合を高めたいのであれば、いわゆる学力中位層での対策が不可欠となるでしょう。

とは言え、理系選択は大変です。数学は数3まで、理科は物理や化学が必要となります。覚えればなんとかなる私立文系型の学習では太刀打ちできません。

理系適性がない高校生が理系を選択すると、授業に付いていくのが本当に大変です。中には理系進学を諦め、文系に転じる(いわゆる文転)高校生は少なくありません。

阪大は理系多数、近大は半々、関大は1/3、桃山学院は理系無し

大学への進学も重要な要素です。

現在は半数以上の高校生が大学へ進学しています。一般的に国公立大学は理系定員が多く、私立大学は文系定員が多くなっています。大阪府内にある主要大学の文理別学部収容定員を算出しました。

収容定員文系理系合計理系割合
桃山学院大学7840078400.0%
近畿大学16500168433334350.5%
関西大学1807697062778234.9%
大阪大学548882001368859.9%
(大阪大学から外国語学部(旧外大)を除くと、理系割合72.2%)

大阪大学に代表される国立大学は、一般的に理系定員が多くなっています。戦前に工学教育を目的として設立された学校が主要母体の一つとなっている国立大学が多い為です。大阪大学の理系率は59.9%(合併した大阪外大由来の外国語学部を除くと72.2%)です。

反対に私立大学の理系定員は多くありません。工学と法学が源流たる近畿大学が理系率50.5%、法律学校が起源たる関西大学が34.9%、ミッションスクールたる桃山学院大学は理系率0%です。

計画通りに高校生の理系率を引き上げたとしても、次は進学先が足りません。私立大学の文系定員を減らし、理系定員を増やす(もしくは維持)という方針は避けられないでしょう。

高すぎる私大理系の学費、進路選択は本人に

子育て世帯としては、私立理系の学費の高さは驚くばかりです。大学や学部によって違いはありますが、4年で800万円が相場です。一人暮らしをしたら、更に500万円ほどが上乗せされます。子供が2人いたら更に倍です。

しかも理系大学へ進学した学生の一定割合は大学院へ進学します。旧帝大理工系学部では8割、それ以外の国公立大学でも半数以上が大学院へ進学すると聞きます。学費等の負担は更に重くなります。

高校生が理系を選択する割合を引き上げるのは簡単ではありません。高校の設備や教職員を充実させるだけでは到底足りません。充実した進学・手厚い指導・経済的負担の軽減・就職先の斡旋等、理系へ進学する環境を充実させるのは不可欠です。

我が家では子供の文理選択は本人に委ねています。子供自身も得手不得手は認識しており、それに従った進路等を選ぼうとしています。理系大学は大学院もセットとも伝えています。