香川県高松市で幼い姉妹を車中へ一晩放置して死なせた母親に対し、高松地裁懲役6年を言い渡しました。

【香川2女児放置死・2/19追記】竹内麻理亜被告に懲役6年の実刑判決、3夜連続で子供放置、娘の手紙「おかあさんだいすき」

朝日新聞に同事件の傍聴記が掲載されています(有料会員限定)。

「完璧」な母が酒に溺れるまで 幼き姉妹、車で放置死
https://digital.asahi.com/articles/ASP2Q4PX3P2MPTLC012.html

ここから特に気になった部分を取り上げます。

やさしい、完璧な母親だった

道を踏み外すまでの被告の評判は上々でした。

弁護人「奥さんの悪いと思ったところは」

 夫「ない。完璧だったと思う」

確かに、事件後、記者が姉妹が通う幼稚園を取材すると、園長は被告を「やさしいお母さん」と語った。登園時、姉妹のカバンを両手に持ち、園に到着すると、二人にカバンをかけてあげる姿を覚えていた。

 被告の自宅周辺で取材したとき、近所の住民からこんな話も聞いた。「家族4人で引っ越しのあいさつに来てくれた。下の子はベビーカーに乗っているころで、姉妹がとても可愛い服を着ていた」

どこにでもいる、普通の母親という印象を受けました。仕事で忙しい夫に代わり、専業主婦として家事や育児を一手に担っていました。

妹との同居でストレスが

異変が生じたのは事件の1年半前頃からでした。妹から育児の手伝いを求められました。

被告が飲み歩くようになったのは、事件が起きる少なくとも1年半前からだ、と検察は主張した。

 きっかけは妹と同居暮らしを始めたことだった。2019年2月ごろ、被告は妹から「育児を手伝って」と頼まれ、平日に妹の家で寝泊まりするようになった。

妹が手伝いを求めた理由は定かではありません。外部に手助けを求める場合、一般的には夫や自分の実家を頼りにするでしょう。

少なくとも自分の実家(=被告の実家)は近所にありました。被告も実家の母親に子供を何度も預けており、頼りにする事は出来ました。

私も経験がありますが、未就学児2人の育児はとても大変です。これに加えて妹の子育てを手伝うのは極めて困難でしょう。

ストレス発散でバー通い

極めて忙しい生活が続き、被告は生活リズムを崩してしまいました。当然ながらストレスが溜まり、自由に出来る時間を求めて飲み歩く様になりました。

やがて夜、妹や子どもが寝静まると、週1~3回ほど家を抜け出した。行き先はバーだった。

 弁護人「なぜ、飲み歩くようになったのか」

 被告「1人になりたかった」

 弁護人「1人になりたいとは」

 被告「自分の時間が欲しかった」

 事件当日も立ち寄ったバーの男性店主に、記者が話を聞くと、被告は19年秋ごろから、多いときは週4日来店する常連客だった。「明け方まで1人で飲むことが多かった。隣に座った常連客とよく話をしていた」と店主は言った。

2世帯分の育児や家事を担っていたら、気が休まる時間は全く無いでしょう。どこかでストレスを発散しないと、やってられない気持ちは理解できます。時には1人で飲みに行きたい気持ちも分かります。

忙しい日常を忘れたい時にバーは格好の場所ですね。優しく迎え入れてくれて、相手をしてくれます。私も仕事のストレスでバー通いが続いた時期があるので分かります。

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ただ、物には限度があります。毎週の様に何度も家を抜け出して朝方まで飲むのは異常です。アルコール依存症に片足を突っ込んでいたのかもしれません。ここで誰かが「おかしい」と気づき、妹との同居を解消させるべきでした。

しかし、忙しくて関係がギクシャクしていた夫には相談しづらく、顔を合わせる時間が少なかった夫も異変に気づくのが遅れました。

妹や夫が気づいたのは半年も後でした。

 被告人質問によれば、被告の飲み歩きは約半年後、妹にばれた。夫にも伝わり離婚話を切り出された。「もうしない」と謝り、許してもらった。

余りにも時間が掛かっています。日常生活での接点が少なく、なかなか気づかなかったのでしょうか。

止められないバー通い

アルコール依存は非常に怖いです。身近な人間からキツく指摘されても、アルコールからはなかなか逃れられません。「アルコホーリクス・アノニマス」にある通り、断酒を継続するのは本当に大変です。

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今度は実家を巻き込んでの飲み歩きが始まりました。当然ながら実家の母に気づかれ、遂には車中に子供を置き去りにした飲み歩きが始まってしまいました。

 だが、飲み歩きはやめられなかった。

 一人での子育てに戻ると今度は実家を頼った。子を連れて行っては夜、抜け出した。母親に気づかれ、実家にも預けにくくなった。

 ふたたび一人での子育て生活に戻った被告。このころから事件の前兆ともいえる車中に子を残したままの飲み歩きが始まった。

 一人での子育てに戻ると今度は実家を頼った。子を連れて行っては夜、抜け出した。母親に気づかれ、実家にも預けにくくなった。

 ふたたび一人での子育て生活に戻った被告。このころから事件の前兆ともいえる車中に子を残したままの飲み歩きが始まった。

当時は新型コロナウイルスの感染が急拡大し、外出自粛要請や緊急事態宣言が発出された時期とも重なります。幼稚園へ通うにもままならなくなりました。

 弁護人「なぜ、子を車に置いてまで飲むのか」

 被告「コロナで幼稚園を休ませるよう夫に言われ、育児の時間が増えた。ストレスを発散したかった」

毎日の様に未就学児2人と朝から晩まで過ごすのは辛いです。大人しく過ごしている時なら問題ないのですが、食事の準備・片付け・喧嘩の仲裁等々が続くと「私は何をしているんだろう・・・・」と感じてしまいます。

どこかで1人になりたいと思ったら、夜しかありません。夫に飲み歩きが露呈するのを避ける為、子供2人を連れての飲み歩きです。店内へ連れて行くわけにはいかず、夜中の車中に2人を残す様になりました。

何度も何度も車中に残しましたが、姉妹2人は大人しく待っていたそうです(俄に信じがたい)。

 被告「絶対に車のドアは触らないよう教えた。車の通りが少ない場所に駐車し、中が見えないようにサンシェードをフロントガラスに置いた」
 被告「一緒に車内で寝たことがあり大丈夫だったから大変と思わなかった」
 被告「午前3時とか4時とか。午前7時ぐらいの時もあった」
 被告「眠っていた。健康に問題はなかった」

飲酒運転も常態化していますね。交通事故を起こさなかったのが不思議です。ただ、幼稚園では「酒臭い」と感づかれた時もあったそうです。

そして事件が起きた

事件の前日たる2020年9月2日は小豆島へ遊びにいったそうです。自宅へ戻り、実家で花火を楽しみ、そしてバーへ向かいました(有り余る体力が羨ましい)。

 被告「子を遊ばせるため昼から小豆島に行った。動物園で猿を見たり、ご飯を食べたりした」
 被告「自宅に戻ってご飯を食べさせ、お風呂。花火の予定があり、実家に行った。そのあと子を乗せ、実家を出た」。向かった先は、飲み歩きでいつも止める高松市内の繁華街近くの駐車場だった。

車を離れた際の気温は29度でした。暑さ除け、そして外部からの目隠しとしてサンシェードを置きました。

 被告「エンジンを切って中が見えないようサンシェードを置いた」
 弁護人「車を離れた時、気温は29度。暑いとは思わなかったのか」
 被告「少し暑いと思ったので、小型扇風機4個を置いた」

サンシェードが置かれた車がコインパーキングに駐車されているのは日常的な風景です。

まさか車中で幼い姉妹が過ごしているとは想像できません。誰も気づけません。

被告はいつもの様に明け方には車へ戻るつもりでした。しかし深酒し過ぎた為か、車に戻ったのは正午頃でした。

 被告「居酒屋に行ってから、バーでハイボール2杯とウイスキーのストレート6杯ほど。別のバーにも行き、常連の男性とハイボールを4杯ほど飲んだ」

 弁護人「午前5時18分に店を出てからは」

 被告「あまり記憶にないが、タクシーで一緒に飲んだ男性の家に行った」

 「明け方には戻るつもりだった」と被告は述べた。だがこの日は男性の家に行ったため、車に戻ったのが3日正午ごろになった。

3軒目の店を出た時間がハッキリしているのは、レジに打刻されているからでしょう(もしくはクレジットカードの使用履歴)。

店から車へ直行したら姉妹が命を落とす事はなかったでしょう。当日は朝7時に気温が30度を越えましたが、何とか5時半~6時頃には車に戻れる計算です。

ハイボール6杯とウイスキー6杯は異常な飲み方です。アルコールへの依存が深刻化していたと推測されます。

本人はアルコール依存に気づきにくいです。周囲の誰かが指摘し、断酒させなければ続くばかりです。

9時半までスイッチで遊び、正午前に死亡した

深酒から母親が起床したのは正午前でした。恐らくは慌てふためき、車に戻ったのでしょう。

しかし、事態は手遅れでした。

 その日、高松市内の最高気温は36度だった。

 車のドアを開けると、熱風が噴き出した。窓を全開にし、車を発進させた。ミラー越しに子を見ると、次女の唇が紫色だった。声をかけても返事はない。車を止め、人工呼吸をした。自ら119番通報し、救急隊が駆けつけた時には2人の心肺は停止していた。

母親へ解剖医が非常な事実を突きつけました。

 解剖医が証言した。後部座席には、おもちゃや空のペットボトルが散乱していた。家庭用ゲーム機「ニンテンドースイッチ」のプレー履歴が午前9時半ごろまであった。被告が車に戻る2時間半前まで、少なくとも姉妹のどちらかは生きていた。「2人は正午近い時間に亡くなった」

普段通りに母親が明け方に車へ戻っていたら、姉妹が命を落とす事はなかったでしょう。それどころから、2人が死亡したのは母親が戻った直前でした。

あくまで推測となりますが、車中で寝苦しい夜を過ごし、暑さと日射しで朝に起床し、2人でスイッチで遊びながら意識を失い、そのまま死に至ったのでしょう。

身勝手な母親の行為が姉妹の命を奪いました。

孤独な子育て、幼稚園の関わりは?

朝日新聞の記者は「孤独も理由の一つでは無いか」と指摘しています。

 被告は最後まで、飲み歩いた理由を「ストレスの発散」と繰り返した。

 だが孤独も理由の一つではなかったか。夫は「被告と話す時間はまともになかった」と証言した。すれ違いが増え、頼りにした妹や母とも関係が悪くなった。孤独を次第に募らせたのではないか。酒でストレスを紛らわすだけではないだろう。誰かに話を聞いてほしかったのではないか。

その孤独を招いた一因は、被告の行動にもありました。

被告が生活を崩した切っ掛けは、妹からの「育児を手伝って欲しい」との要求でした。ここで夫や母に相談して断れれば、その後の展開は違ったでしょう。

ここで断れず、酒に溺れ、妹・母・夫との関係が悪化していきました。子育てが「孤育て」へと代わり、コロナ禍によって更に孤立が深まり、酒に助けを求めました。

私が不思議に感じたのは、「幼稚園は姉妹や母親の異変に気づけなかったのか?」と言う点です。

頻繁に車中泊を繰り返していたら、姉妹の様子が変わる筈です。登園時間の乱れ、服装が薄汚くなる、忘れ物が増える、幼稚園で昼寝する(昼寝から起きない)、母親が酒臭い、休みが増える等、無数の兆候が現れます。

保育所と違って幼稚園はより多くの園児を預かっていますが、全く気づかなかったのであれば「節穴」と言わざるを得ません。

それとも幼稚園からも孤立してしまっていたのでしょうか。

ストレスが溜まり、酒に溺れ、周囲から孤立した被告の姿が裁判から垣間見えました。だからといって、子供2人を死なせた事実が正当化される訳ではありません。