最近流行の炎上商法でしょうか。内閣官房参与を務める高橋洋一氏の主張が波紋を広げています。

Eテレ売却案に関する主張は、現代ビジネスの当該記事の下記の部分に記されています。

(前略)NHKの分割・民営化は筆者の持論だが、それは一朝一夕にはできない。まず手をつけるべき改革は、教育チャンネル(Eテレ)の売却だ。

いま若い世代を中心にテレビを持たない人が多く、すでに映像はスマホやタブレットで見る時代だ。そうした時代に、NHKがEテレで電波という公共資源を多く独占しているのはどうなのか。

携帯電話システムの場合、500MHz~1GHzの周波数帯が使いやすいとされ、とくに「700MHz~900MHz」は電波がより遠くまで届き、建物の陰も回り込みやすく、結果として必要な設備が少ないので、プラチナバンドと呼ばれる。

現在、このプラチナバンドに近い「470MHz~710MHz」の周波数帯をNHKと民放の地デジ放送が40チャンネルに分割して利用している。そして、テレビ局で地上波を2チャンネル持っているのはNHKだけだ。

そこでEテレのチャンネル(周波数帯)を売却して携帯(通信)用に利用すれば、通話だけではなく、もっと多種多類の映像コンテンツを同時に配信できる。Eテレが占有していた電波の一部を政府のデジタル庁が使えば、確定申告などの各種行政サービスにも利用できる。

もちろん、Eテレにはいい番組も多い。ただ、それらはネット配信に回せばいい。NHKは国会の予算委員会の一部だけテレビ中継しているが、国はすでに国会中継をネットでライブ配信しているからそれも使える。Eテレの電波を通信に再分配したほうがより公共のためになるし、NHK自体のスリム化にもつながる。

これまで、Eテレのチャンネルを開放できない理由として、NHKは、教育放送のために地上波が必要だと言ってきた。たしかに、全国でみると、コンテンツのいい教育放送を地上波しか利用できない地域はなくはなかった。ところが現在、文科省は「GIGAスクール構想」を打ち出していて、状況は変わってきている。

筆者が陪席した11月27日経済財政諮問会議でも、萩生田文科大臣は、GIGAスクール構想として、ハードで児童生徒1人1台端末の実現、高速通信環境の整備、家庭学習のためのモバイルルータの整備、低所得世帯への通信費支援、ソフトでデジタル教科書の普及促進、教育データ利活用、人材で指導者養成・研修の実施、ICT支援員等の体制整備を説明した。

要するに、NHKがこれ以上電波を独占している必要がない状況になってきている。これならば、Eテレのチャンネルを開放できるはずだ。しかも、Eテレのチャンネルを開放することで、財源を作ることもできる。(以下省略)

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/77837

筆者の意見の要旨は下記の通りです。

(1)Eテレという電波が公共資源を多く独占している
(2)Eテレのチャンネルを開放し、財源充当や受信料値下げを図るべき
(3)若い世代はテレビを持たず、映像はスマホやタブレットで見ている
(4)GIGAスクール構想によって各家庭のICT環境も向上する
(5)Eテレのいい番組はネット配信に回せばいい。

(1)(2)はいわゆる「電波オークション」ですね。電波に関する公共政策なので、その是非については触れません。

認識にズレがあるのは(3)(4)(5)です。

まずはEテレの番組内容を番組表から確認します。平日の番組構成は概ね下記の通りです。

開始終了主な番組内容
6:30高齢者向け教養番組
6:3010:15子供向け娯楽・学習番組
10:1514:00高齢者向け教養番組
14:0015:40高校生向け学習番組
15:4020:00子供向け娯楽・学習番組
20:00高齢者向け教養番組

主に子供が在宅している時間帯は子供向け番組、それ以外の時間帯は高齢者向け番組が放送されています。障害者向けの番組もあります。時間帯毎によって番組構成にメリハリが付けられているのが特徴的です。

Eテレの子供向け番組は非常に充実しています。うちの子は「ピタゴラスイッチ」「みいつけた!」「はなかっぱ」「忍たま乱太郎」が大好きです。

親にとってありがたいのは、こうした良質な番組が長い時間に渡って放映され続ける点です。民放の様に他の番組やCMが放映されないので、子供の集中力が途切れません。

その間に家事・身支度・保育所へ向かう準備ができます。もしも子供がテレビに集中せずに好き勝手な事をしていたら、家事等は全く出来ません。

Eテレは子育て世帯の最大の武器・味方です。

テレビから離れているのは主に10代~20代

筆者が指摘している「若い世代はテレビを持たず、映像はスマホやタブレットで見ている」とは、主に10代後半~30代前半の単身者を想定しているのでしょう。確かに「スマホしか持っていない」「帰宅するのは深夜だからテレビがない」という話はしばしば聞きます。私自身、忙しい学生生活中はテレビがない生活を過ごしていました(部屋にあったけど見ていなかった)。

しかし、こうした若い世代はEテレがターゲットとしている世代とは全く重なっていません。若い世代以外は未だにテレビを視聴しています。

総務省の調査によるとテレビ視聴時間は緩やかに減少し、特に10代及び20代の視聴時間の減少が著しいとされています。

https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd114110.html

Eテレを利用していると想定される30代のテレビ視聴時間は10代・20代ほど減少していません。

自分からネットを観に行く必要があるスマホやタブレットと異なり、向こうから自動的に情報を発信するテレビの存在は非常に助かっています。特に忙しい朝の時間帯等はテレビニュースを流しっぱなしにしています。

GIGAスクール構想は学校教育の為、幼児向けではない

また筆者は「GIGAスクール構想によって各家庭のICT環境も向上する」という趣旨を主張しています。

そもそもGIGAスクール構想とは教育ICT環境を実現する事により、教師や児童生徒の力を引き出すのを目的とする考え方です。

https://www.mext.go.jp/content/20200625-mxt_syoto01-000003278_1.pdf

ここには「様々な情報を主体的に収集」とあるので、ネットでEテレのコンテンツを見る事も含まれるでしょう。NHK for Schoolが典型例ですね。

しかし、GIGAスクールの対象は小学生以上です。Eテレの子供向け番組の主な視聴者層である、幼児は含まれていません。

また、同構想によって学校から貸与される機器を幼児に使わせるのは非常に危険です。落として壊したら大変です。

テレビの特性を活かすEテレ

更に問題なのは「Eテレのいい番組はネット配信に回せばいい。」という主張です。テレビとネットは特性が全く違います。

先に記した通り、テレビの最大の特徴は「情報が自動的に表示される」という点です。ネット等と異なり、向こうから家庭の中へ直接やってきます。その為か、子供に見せたくない過激な表現等も自主的に規制されています。

更に幼児1人ではICT機器を操作できません。親が画面をタッチして番組を流しても、すぐにどこかを触って止めてしまいそうです。その度に呼びかけられたら、何も出来ません!

同様にICT機器を思うように使えない高齢者も少なくありません。目や耳も少しずつ不自由となってしまうので、スマホの様な小さな画面で番組を見続けるのは辛いです。

Eテレのネット配信自体は否定しません。出先や海外等で見られるのはメリットがあります。既にNHKプラスで展開されていますね。同時放映やオンデマンド放映は選択肢が広がります。

しかし、あくまで現行のテレビ放送が継続されるのが前提です。

Eテレとニュースに受信料を払っています

NHK受信料は決して安くは無いと感じています。それでも払っているのは、ニュースや災害報道、そしてEテレといった良質な番組への信頼があるからです。

大きな災害等は発生した時は、何はともあれNHK総合にチャンネルを合わせます。充実した取材網や情報精度の高さは民放とは次元が違います。

また、丁寧に作られたEテレ番組やNHK総合で放映される硬派な番組等は、恐らくは十分な視聴率は得られていないでしょう。

2019年11月全国個人視聴率調査の結果によると、最も視聴されているEテレの番組は朝に放映される「はなかっぱ」だそうです。視聴率は2.1%です(但しサンプル層に6歳以下は含まれていない)。

https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/pdf/20191224_1.pdf

しかし、それこそが半強制的に徴収される受信料を使用して作成・放送されるべき番組です。

NHK会長も反論しています。

「EテレはNHKらしさの象徴」 売却論に会長が反論

 3日にあった定例会見で、「教育テレビはNHKらしさの一つの象徴だと思う。それを資産売却すればいいという話には全くならないと思う」と述べたのだ。

https://digital.asahi.com/articles/ASND3621GND3UCVL01B.html

この様な実情をEテレ民営化論は余りに軽視しています。子育ての実情を知らない、乱暴かつ一方的、そして炎上による話題性を狙ったかの様な主張です。