仕事と育児の両立は今も昔も難しい課題です。
出産後に職場復帰した女性社員を支援する様々な制度を導入してきた資生堂が、子育て中の女性社員にも平等なシフト・ノルマを与える方針転換を行ったそうです。
子育て中でも平等に “資生堂ショック”
(要旨)
・短時間勤務を利用している美容部員は約1,100人いる
・2007年以降に利用者が一気に増大すると同時に、国内売上が約1,000億円減少した
・育児短時間勤務者が早番に集中し、かき入れ時の遅番時間に社員が足りないのも1つの原因だと考えている
・子育てしていない美容部員に遅番・土日勤務が集中し、不満の声が出ていた
・「育児支援制度に甘えるな」「月2日の土日・遅番10日勤務を基本とする」と説明するDVDを作成し、子育て美容部員に配布した
・育児期の社員も会社の戦力にしたい
・短時間勤務であっても、復職後の営業ノルマはフルタイムと同じく1日18人の接客
・ある社員は夫や親の協力を得て、協力者がいない場合はシッター補助券の交付・子育てサービスの活用をアドバイス
番組内容を読む限り、国内売上高が減少した原因を育児短時間勤務を利用している美容部員に転嫁している様に感じられました。では、国内売上高の減少と短時間勤務者の増大に何らかの関係があるのでしょうか。
(株)資生堂 セグメント別売上高(一部)
年 国内化粧品事業売上高 (内、化粧品事業) (内、カウンセリング) 2015/3 3,393 2014 3,497 1,845 2013 3,459 2,961 1,762 2012 3,538 3,045 1,814 2011 3,584 3,065 1,826 2010 3,838 2009 3,975 2008 4,239 2007 4,309 2006 4,476 2005 4,534 2004 4,453 資生堂IRライブラリより作成
2005年をピークに、国内化粧品事業の売上高は過去10年にわたって右肩下がりを続けています。2005年前後は景気が良かった時期です。リーマンショックが発生した2009年3月期は売上高が急減し、景気が回復基調になったと言われる2014年3月期にやや底を打った様に見えます。
また、国内家書品事業と同じく、カウンセリング部門の売上高は2014年に掛けて増加しています。美容部員の育児短時間取得者の増加との因果関係は読み取れません。
では、美容部員が短時間勤務等で足りない場合は、どの様に対応しているのでしょうか。同社には育児短時間を利用している美容部員が不在の間に接客対応や後方業務を行う「カンガルースタッフ」と呼ばれる契約社員制度があります。
カンガルースタッフは、育児時間を取得するビューティーコンサルタントが育児時間を取得している不在時に、
お客さまの対応や店頭での後方業務(※)を行っていただきます。【給与】時給800円~1,550円(勤務地区・勤務形態等による)
【休日】月ごとの書面で確認
【社会保険】原則として非適用
【採用条件】
・仕事と子育ての両立支援という趣旨にご賛同いただける方
・少なくとも1年以上の継続勤務が可能な方
・次の点をご承諾いただける方
(1)育児時間を取得する社員が通常勤務に戻ることになった際は事前告知の上、3ヶ月ごとの契約更新時に、契約を終了させていただくことがあります。
(2)週20時間未満・月50時間未満の勤務時間となります。
(3)当社が定める整容基準に従っていただきます。
(4)勤務初期では、後方業務(品だし・スポンジ洗い等)が中心の活動となります。カンガルースタッフ採用ページより抜粋
いわゆる短期間・短時間の有期契約社員です。早番・平日勤務を好む子育て中の美容部員の穴を埋めるのであれば、主に遅番(特に夕方以降)や土日祝の勤務となるでしょう。家事で忙しかったり多くの人が休みたい時間帯での勤務が多い一方で勤務時間が短く、忙しい割に稼げない印象を受けました。
気になったのは、美容部員(ビューティーコンサルタント)の採用制度です。
ブランド価値伝達の要であるBCの強化
日本における約10,000名のビューティーコンサルタント(BC)は、2020年のめざす姿を実現するためには必要不可欠な価値を広める伝道師であり、BCの力を引き出す制度や仕組みを整えていきます。
具体的には、役割や貢献に応じた評価システムの刷新や契約社員の正社員化を進めるほか、2016年には、約10年ぶりに約500名の正社員を新規採用する計画です。
この採用によりBCに関わる費用は一時的に増額となるものの、国内社員全体では、人件費の増加はありません。
正社員化によりBCのモチベーションを高めるとともに、若い世代のBC人員を強化することで、若いお客さまとの出会いを拡大していきます。
上記アニュアルレポートによると、ここ10年は正社員としての新規採用を行っていなかったそうです。NHKおはよう日本で取り上げられたのも、15年ほど前に入社された方でした。その間は全てを契約社員としての採用に切り替え、11年ぶりに正社員採用を行うとの事です。
資生堂が美容部員の正社員採用を行うきっかけとなったのは、景気回復による国内市場の回復だそうです。
「コストという視点はよく指摘されるが、どうやってより戦力化するかを考えた」と魚谷社長。その言葉の裏には、BCが本領を発揮する高価格帯商品の消費回復がある。化粧品大手、コーセーも資生堂に先駆け、昨年から美容部員の正規採用と契約社員の正社員化を再開した。
決断の背景にはもう一つ、後継者の育成がある。若い女性の憧れの職業だった地位も今は昔。「昔は、若年層の顧客も母親世代のBCにメイクの技術を教わることに抵抗がなかった。だが、情報化で顧客の知識も増え、BC=古くさいというイメージとなってしまった」と資生堂関係者。
現在、資生堂が擁する正社員BC8000人のうち、20代はわずか10%(13年4月時点)と高齢化が進む中、若年層の顧客の取り込みに向けたBCの“若返り”と、将来を担う優秀な人材の確保が欠かせないというわけだ。
こうして見ると、人事制度の改変の裏側が見えてきます。つまり、売上高の減少は国内市場の縮小・景気の低迷が大きく、加えて契約社員としての美容部員の増加・高齢化によって、接客品質の低下・顧客の流出が発生したのではないでしょうか。
待遇・研修等の違いから、接客品質が正社員(ここ10年は採用なし)→契約社員(ここ10年の主力)→短時間契約社員(カンガルースタッフ)と落ちてしまうのは仕方ないでしょう。これは社員の責任ではなく、採用と研修を行う会社側の責任です。売上高の減少は景気動向や経営サイドの問題であり、現場へ転嫁するのは筋違いという印象です。「忙しい時間に1人足りない」のであれば、想定される売上を見込んでスタッフを補充配置すべきでしょう。
仮に小さな子供がいる美容部員であっても遅番・土日勤務を数多く行う様になると、夫や親へ掛かる負担は極めて大きくなるでしょう。土日勤務が多い仕事に従事しているのであれば、誰がどこで子供の育児を行うかで壮絶な押し付け合いが発生してしまいそうです。特に都心部だとシッターや土日保育を探すだけでも大変でしょう。
育児を行いながら仕事をするのは本当に大変です。休む間がなく、疲労ばかりが蓄積していきます。子供が増えて欲しいのであれば、育児中の人間に掛かる人的・金銭的な負担をその他の人間(育児を終えた人間を含む)で少しずつ分担するのが理想でしょう。・・・あくまで理想論であり、現実はなかなか難しいのが実情ですが。
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