大阪市が行った「子どもの生活に関する実態調査」報告書が公表されました。少し深掘りして見ていきます。
大阪市は13日、市内の子どもの貧困の実態を調べた「子どもの生活に関する実態調査」の報告書を公表した。調査では母子家庭の経済状況が厳しく、世帯収入が教育格差に結びついている実態が浮かび上がり、吉村洋文市長は、大学生が貧困世帯の子どもの学習を支援する仕組みなどを検討する考えを示した。
調査は小学5年生、中学2年生、5歳児がいる計5万5776世帯が対象で、学校などを通じて調査票を回収した。所得に応じて四つの層に分類し、最も困窮度が高いとした層は、5歳児の世帯で11・8%、小5・中2を合わせた世帯で15・2%だった。
調査によると、困窮度が高くなるほど、両親がともにいる世帯の割合が減少。小5・中2の最も困窮度の高い層では、母子家庭の割合が53・3%を占めた。
小5・中2のこどもに学習理解度を聞いたところ、一定以上の所得があり、最も困窮度が低い層で「ほとんどわからない」は1・9%だったが、最も困窮度が高い層は5・3%だった。
大阪市の吉村市長が記者会見で明らかにしました(市長会見の項目、調査報告書の主な項目、報告書の概要版)。
この調査は下記の3点に焦点を当てて行われました。
(1)物的資源(現金・サービス・住宅等)の欠如
(2)ヒューマンキャピタル(教育レベル・労働能力等)の欠如
(3)ソーシャルキャピタル(つながり・近隣や友人との関係性・学校や労働市場との関わり)の欠如
大阪市の子育て世帯の収入分布
本調査では、世帯収入と世帯人数から等価可処分所得を求め、これを元に区分した「困窮度」を利用しています。調査対象となった子育て世帯(中2・小5・5歳児がいる世帯)の収入額は、下記の分布となりました。
世帯収入額 | 割合 | 対応関係 |
200万円未満 | 9.6% | 困窮度1(最も困窮度が高い) うち半数が母子世帯 |
200-300万円未満 | 9.1% | |
300-400万円未満 | 12.6% | 困窮度2(困窮度が高い) |
困窮度3(困窮度がやや高い) | ||
400-500万円未満 | 13.3% | |
500-600万円未満 | 13.1% | 中央値以上 |
600-800万円未満 | 14.9% | |
800-1000万円未満 | 7.1% | |
1000万円以上 | 5.3% | |
分からない・無回答 | 14.9% |
母子世帯の約4割が困窮度1(困窮度1の半数)
困窮度が高いのは「母子世帯」に集中しています。母子世帯総数の約4割、困窮度1の約半数が母子世帯です。反面、ふたり親世帯の半数以上が中央値以上、困窮度1なのは1割未満です。
他と比べると、困窮度1は誕生日祝い・地域行事への参加・医療機関への受診・国民健康保険料の未納・水道光熱費の未納による停止が著しく高くなっています。
困窮に繋がってしまう大きな理由は「就労状況」です。ふたり親世帯の約8割・父子世帯の約4割が正規雇用なのに対し、母子世帯は4割強に留まっています。非正規雇用が約4割に達しています。
また、母子世帯は初めて親となった年齢が相対的に若くなっています。こうした親は最終学歴が低く、非正規雇用も少なくありません。
早く親になる→高等教育を受けにくい→(母子世帯となる)→学歴が低い・職業経験が乏しく、正規雇用を見つけにくい→困窮化、という図式が透けて見えます。
報告書では安定した経済的支援・雇用の確保を訴えています。
大阪市は、共同実施したほかの自治体に比べて、傾向はほぼ同じであったが、約1割ほど数値自体が低いものもあり、子どもを持つ親、特にひとり親(主に母)や若年で親になっている世帯などの厳しさが確認できた。経済的支援策(制度利用含めて)、雇用施策等の検討が急がれる。
就労所得を増やすためには、安定した雇用の確保が不可欠であり、子育て世帯の就労について地域の企業等との連携が重要である。雇用については、賃金だけでなく、ひとり親世帯の積極的採用、勤務時間など子育てに配慮した働き方の保障などが求められている。
制度やサービスが必要な人に届くよう、埋もれることがないように、仕組みを徹底強化するなど、制度間の連携を進めることが重要である。就学援助や児童扶養手当の受給率向上、企業と提携した養育費の受給率を高める施策が必要である。
報告書概要版より
しかしながら、関西の厳しい雇用環境・学歴の低さ・育児等への要配慮を踏まえると、特段の資格等がない母子世帯の保護者が正規雇用されるのは決して容易ではないでしょう。更なる公的関与が必要だと感じます。
「予測最終学歴:高卒」に3倍の開きが
困窮は学習・進学にも影響します。
中央値以上の世帯では約1割が「学習があまり分からない・殆ど分からない」と回答しているのに対し、困窮度1の世帯では2割強に達しています。
また、中央値以上で「よく分かる」と答えたのが約3割なのに対し、困窮度1では15%程度に留まっています。「よくわかる」と「分からない」と答えた割合が大きく違っています。
学習の理解度は進学に直結します。小5・中2のいる世帯では、中央値以上の世帯の約1割が高校卒業と予測しているのに対し、困窮度1の世帯では3割強に達しています。3倍以上の開きです。
これには経済的な困窮に加え、困窮世帯では高等教育を受けている保護者が少なく、その経験を子供に伝える事が難しいという背景もあるでしょう。子供が親に大学等の内容を訊いても返事がなければ、子供が進学する意欲・目標が薄くなっても仕方ありません。
学校に重点投資を!(家庭教育支援は二の次で良いのでは)
報告書のまとめでは、家庭教育への支援・学校での支援を強調しています。
子どもの学力や健康が、家庭の大人と過ごす生活とも密接に関係する。困窮度が高いほど、保護者にとって心身ともにマイナスに作用している。保護者と子どもがともに前向きに肯定的な自分づくりができる家庭教育支援(親支援プログラムの導入)を積極的に展開すること、多様な体験ができるように誰もが通う場所(学校)での支援展開を検討することが重要である
家庭教育支援も大切かもしれませんが、より重要かつ効果的なのが学校への重点投資です。
子供が学習する場は、まずは学校です。家庭や塾はその後でしょう。学習能力や進捗を最も良く理解しているのは学校の先生です。
小中学校での学習支援により大きなリソースを投入し、特に理解度が不足している・家庭での学習指導が期待しにくい子供を重点的に支援すべきでしょう。
塾は絶対ではありません。時間も費用も掛かってしまい、中央値程度の収入がある世帯でも負担になってしまいます。塾に頼らずとも、学校での学習だけで十分な学力を身につけられるように、公教育を強化すべきです。
ソーシャルキャピタルに大きな差は無い?
調査では近所や友人等との関係も調べています。しかし、経済面・学習面と比べ、困窮度1と中央値以上の世帯では目立った差が生じない結果となりました。
重要なのは家庭への福祉・学校を通じた学習支援
本調査に対し、大阪市の吉村市長はこの様にコメントしています。
「母子家庭は非正規(雇用)が非常に多い」と指摘し、経済界に正規雇用への転換など協力を求めていく考えを示した。「貧困を断ち切るために教育が必要」とも述べ、子ども食堂で学習を支援した大学生の単位認定を認める仕組みを検討していると明かした。大学側に参加を呼びかけているといい、「学生の学びの場にもなる。(子どもたちに)可能性を与える仕組みをつくりたい」と話した。
吉村市長は「貧困の連鎖を絶ちたい、その為には教育・前向きな姿勢になれる環境が必要」だとコメントしています。
具体的には、大阪教育大学の学生を子供食堂・放課後の学校へ派遣したいと検討しているそうです。学生には単位・日当等の付与を考えているそうです。
大阪市の特徴は「市域に大学が余りに少ない」という点です。以前に「市内の四大は大阪市大・相愛大学しかない」と聞きました(本当でしょうか?)。旧帝国大学である大阪大学すら存在感がありません。
外部リソースの活用も一つの考え方です。しかし、困窮世帯への福祉・教育支援は、基礎自治体である大阪市の本来の仕事です。外部に投げるのはおかしな話です。
突飛な事を行う必要はありません。例えば学習支援であれば、子供がどこが分からないか突き止め、解きほぐしながら理解させ、理解を少しずつ積み重ねていくプロセスが重要でしょう。教育公務員の存在意義です。
教育に投資するのであれば幼児教育無償化ではなく、学校を通じた教育支援に重点投資すべきです。小中学校にお金を掛ける事が、困窮脱却・大阪市の教育向上の第一歩です。