2年前の2021年7月、文部科学省は大学入学共通テストにおける英語民間検定試験の導入断念を発表しました。

【大学入学共通テスト2025】記述式と英語検定の導入断念を表明
https://resemom.jp/article/2021/07/30/62949.html

その理由の一つとして大学入試のあり方に関する検討会議にて指摘されたのは、「経済的事情」でした。

経済的事情への対応については、経済的に困難な受検者に対し、試験実施団体が検定料を軽減することとしていたが、減額幅は各団体の判断に任されていた。また、成績提供の対象は、「高校3年の4月から 12 月の間に受検した2回まで」と限定していたが、受検年度まで練習受検が可能であり、経済的に困難な生徒が不利との指摘があった。文部科学省は、改めて各試験実施団体に対して経済的に困難な者への配慮を要請したが、検定料の軽減率は5~45%と団体間での差が大きかった。

https://www.mext.go.jp/content/20210707-mxt_daigakuc02-000016687_13.pdf

共通テスト「英語資格断念」大阪府「英語資格優遇」

一方、既に同趣旨の制度を入試にて取り入れている自治体があります。大阪府です。平成29年度(2017年度)入試から導入しました。

具体的にはTOEFL iBT・IELTS・英検の得点や級に応じて点数化し、これと高校入試の素点の高い方を採用するものです。

*入学者選抜において、受験者全員、従来通り学力検査を受験するので、既存の学力検査の枠組みに変化はない。
*外部機関が認証した英語力判定のスコア等が、すでに一定のレベルに達していることを出願時に申し出た受験生に対して、当該英語力判定のスコア等のレベルを大阪府教育委員会が定める換算表(下記※参照)に基づいて換算し、換算した得点と当日受験する学力検査の英語の得点と比較し、高い方の得点を、当該受験生の英語の学力検査の得点とする。
*この検査方法は、大阪府立高等学校全校を対象に実施する。(当初は、グローバルリーダーズハイスクール10校や、国際関係学科の高校を受験する生徒が主に活用するであろうと想定している)。
*この検査方法は、平成29年度入学者選抜(現在の小学校6年生が高等学校を受験する年度)から導入する。

大阪府立高等学校の英語学力検査問題改革について及び大阪府立高等学校入学者選抜における英語資格(外部検定)の活用についてより

2017年度入試で高校へ入学した学生は、2020年度入試を経て大学へ進学します。当初は2021年度大学入試から英語民間試験の活用が検討されていました。大阪府の高校入試に於ける優遇制度は、事実上大学入試での活用を見越した措置だったと考えられます。

しかしながら先に記した通り、大阪府が導入した後に文部科学省等は英語民間試験の活用を断念しました。大阪府は梯子を外された格好ですが、未だに英語資格に拘っています。

中学生が受験する英語民間試験の殆どは英検です。たとえば英検2級を取得した場合、読み替え得点率は80%となります。入試当日の英語の点数(90点満点)と読み替え得点72点(90点*80%)の高い方が高校入試での点数とされます。事実上、「英検2級以上の大優遇」となっています。

大阪府立高校入試は英検2級以上を大優遇、英語の前倒し学習も念頭に

中には「高校入試の英語の問題は簡単だ。当日点で80%以上を取れれば問題ない。」と指摘する方もいるでしょう。私自身も大昔に受けた公立高校の入試にて、英語は満点に近かった記憶があります。

難しい英語C問題、半数以上の受験生が英検等に救われる

しかし、大阪府の高校入試は違います。各学校毎に異なる難易度の問題を採用しています。いわゆる進学校では応用的問題を取り扱う「C問題」が出題されます。

c問題は難易度が高い文法問題、長文の読み取り、そしてリスニングが出題されます。難易度は旧センター試験の英語並だと感じました。それに加え、試験時間が短いです。文法や長文問題は30分しかありません。相当の速読が求められます。

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2021年度入試までは英語C問題の合格者平均点は50点前後(得点率55%程度)で推移していました。受験者平均ではなく、合格者平均です。2022年度入試では易化したのか、合格者平均点は69点(得点率77%)まで上昇しました。

https://www.osaka-c.ed.jp/category/forteacher/investigate/publication/r04/R4_gakuryoku_jittai_tyousa.pdf

一方で英語資格を取得していたら話は違ってきます。英検2級を持っているだけで、英語の点数は80%(=72点)が保障されます。これは2022年度入試の合格者平均点を上回る水準です。2021年以前ならば破格の水準です。

2022年度入試において、学力検査にて英語資格によって保障される点数を上回る当日点を獲得した受験生は37.2%に留まりました。60%以上の受験生が英検等に助けられています。

裏返すと、大阪府立高校入試にて英語C問題を出題する進学校を受験するには英語資格は必須だと言えます。取得していなければ英語の最低点が保障されず、著しく不利になります。

英検取得の激化、教育費負担が重しに

では、これによって進学校への進学を規模する大阪府の中学生や子育て世帯の間に何が起きたのでしょうか。答えは「英検取得の激化」です。

制度を導入した初年度たる平成29年度入試で英検等を使用したのは345人でした。が、直近の平成4年度入試では3394人に達しました。5年で10倍です。異常な伸び率です。大阪府公立高等学校入学状況概要より推移をまとめました。

入試年度英語資格の活用人数最低保障点数到達率
平成29年度345人47.7%
平成30年度638人33.7%
平成31年度943人19.3%
令和2年度1650人12.4%
令和3年度2290人14.8%
令和4年度3394人37.2%

「最低保障点数到達率」とは、当日の入試で英語資格等による保障点を上回る点数を得た割合です。全ての年度で半数を下回っています。つまり、英語資格を利用した受験生の内、半数以上が英語資格で救われた格好です。英語入試が形骸化すらしています。

地域の中学校関係者の話によると、早くも英検2級(高校卒業程度)や準2級(高校在学程度)を受験・合格している中学生1-2年生が複数人いると聞きました。多くは小学生の頃から塾や英会話教室に通い、学習している様子です。

周囲で通っている子供が多いのはECCですね。受講料は月額1万前後、更に教材費が掛かります。

https://www.kids.ecc.jp/course/elem_upp.html

英検の検定代も安くありません。英検2級の場合、6,000円(一次試験も二次試験も準会場)~8,400円(一次試験も二次試験も本会場)も掛かってしまいます。

https://www.eiken.or.jp/eiken/schedule/

一部の大阪市立中学校では、学校を準会場とした受験ができるそうです。検定料が若干安くなるとは言え、何度も受験すると負担が増します。

中には英検S-CBT(コンピューターを用いた検定)を利用し、高校入試の直前まで何度も英検2級を受験する家庭もあるそうです。英検2級のS-CBT方式での検定代は1回9,000円です。何回も支払える家庭は限られます。家庭毎の経済格差が如実に現れます。

まさに大学入学共通テストでの英語民間試験導入において危惧された、「経済的事情」という問題が現に発生しています。

中学3年生で英検2級を取得しようとすると、中学2年生の内に英検準2級まで合格するのは必須に近い条件となるでしょう。英検3級は中学1年生、英検4級は小学校卒業までに取得するのが無理がないスケジュールです。小学生からの英語教育・英検受験熱が過熱するわけです。

小学校の英語教育にも疑問を感じる場面が少なくありません。授業参観で英語の授業が行われていたのですが、教師や他の子供との対話が授業の殆どを占めていました。

今時の英語教育はこんな物だろうと思いきや、たまたま小学校に置かれていた中学校の教科書には文法や構文がびっしりと掲載されていました。親世代の頃よりも内容が難しい(前倒しされている)印象です。小学校の内から一定程度の単語や文法を身につけておかなければ、中学校で苦労してしまいそうです。

とはいえ、そもそも高校卒業程度の英語能力を要する英検2級を高校入試で優遇するのが間違っています。公立高校入試で求めるレベルではありません。過剰な水準です。

しかし、進学校への進学を望む家庭にとって、過剰な水準として敬遠する選択は取れないのが実情です。英検2級等を取得している他の生徒に対して、余りに不利になってしまいます。英検2級以上を取得させざるを得ません。その諸負担は家庭が負います。

大阪府は教育無償化等を大々的にアピールしていますが、その陰では教育費の私費負担が重しとなっています。英語学習に加え、更に塾代等も嵩みます。本当にあべこべな話です。

最近は様々な子育て支援策が議論されていますが、大阪では子供の教育費に回ってしまう家庭が少なくないと感じています。学校外教育費負担を減らし、子育て世帯の経済的状況を改善させるのが先です。

高校校長「英語資格の有無に関わらず、英語の学習に取り組んで入学して」

英語資格による優遇措置に対する弊害を高校も指摘しています。2年前に大阪府立大手前高校(府内有数の進学校)が学校ホームページに下記の文章を掲載しました。

昨年度、本校を受検した多数の生徒が英語資格(外部検定)を活用しました。英語資格(外部検定)の取得のためには、英語の4技能のバランスの良い習得が必要です。このことは、これからの英語教育の方向と一致しており、英語資格を取得することは学校での英語の学習を進めて行く上でも意義のある事です。

しかしながら、この資格を活用して入学した生徒の中から、「英語資格を取得してからは英語の勉強をしてこなかったので、高校の英語の授業についていけない」「資格を取った後も英語の受験勉強をしっかりしておくべきだった」という声を懇談の中で聞くことが少なくありません。

また保護者からも「資格取得後に英語の学習がおろそかになり、中学まで得意科目だった英語が高校では苦手科目になってしまったようだ」という意見もありました。

皆さんにとって受験勉強は、高校入試を突破するための勉強でもありますが、高校入学後に授業や学習にしっかりと取り組んでいくための勉強でもあります。英語資格は、英語の試験の得点に換算されますが、だからと言って資格を取れば英語の勉強はしなくてよいというものではなく、英語資格の有無にかかわらず、最後まで英語の学習に地道に取り組んで高校に入学してきてほしいと思っています。

https://otemae-hs.ed.jp/otemae_wp/wp-content/uploads/2020/10/R2eigoshikakukatsuyou.pdf

英語資格取得に力を入れるあまり、取得後の英語の学習に手を抜いてしまい、高校入学後に英語を不得手としてしまった学生が少なくないそうです。

ただ、高校入試という目標に照準を合わせる限り、英検2級を取得できた段階で勉強時間を他の科目に回すのは合理的です。入試を突破できなければ、英語や他教科に費やした期間や費用が水の泡になってしまいます。

進学校を目指す子育て世帯にとって、英語資格優遇は鬼の様な制度です。文部科学省等が懸念した現実が、まさに大阪で起きています。この制度で利益を得ているのは果たして誰なのでしょうか。