5年前の夏、京都市上京区の保育園のプールで園児が死亡した事故が起きました。
刑事事件としては不起訴処分となりましたが、民事訴訟では判決がありました。
京都市上京区の保育園「せいしん幼児園」で2014年夏、プール活動をしていた榛葉天翔(あもう)ちゃん=当時(4)=が死亡した事故で、両親らが、同園を運営する社会福祉法人「正親福祉会」(上京区)に約4200万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が16日、京都地裁であった。井上一成裁判長は正親福祉会に約2千万円の支払いを命じた。
訴訟で両親側は、保育士2人が数分間プールから離れるなど不十分な監視を行い、天翔ちゃんを溺死させたとし、同会に使用者責任があると主張。園側は「給食の吐しゃ物誤えんなどの可能性がある」と請求棄却を求めていた。
事故を巡っては、15年に両親が当時の園長ら4人を業務上過失致死容疑で京都地検に告訴。地検は16年に不起訴処分(嫌疑不十分)としたが、同年に検察審査会が不起訴不当と議決。地検は17年に再び不起訴処分とした。
事案の概要は京都新聞にまとめられています。
事故は14年7月30日午後2時ごろ、園舎屋上のプールで起きた。約30人の園児がプール遊びをする中、天翔ちゃんが水に沈んでいるのを保育士が見つけた。既に呼吸と心肺が停止している状態で救急搬送された。
「トイレで嘔吐(おうと)して倒れた。意識はある」。両親は当初、園側から電話でそう聞いていた。しかし、病院で医師から「意識がない。1分1秒を争う状況」と説明を受けた。英樹さんは園長に説明を求めたが「適切に処置をした」と繰り返すばかり。保育士が「プールでおぼれた」と話し、ようやく状況を把握した。
天翔ちゃんは一度も意識が戻らないまま、1週間後の8月6日、低酸素脳症で亡くなった。「一度も目を開けることなく、家族とのお別れもできなかった」。英樹さんは今でも当時を思い出すと震えが止まらない。
あの日、プールで何があったのか。両親は当時の状況について園に説明を求めたが、「責任はない」として面会も断られた。
事故を受け、京都市は園に対して特別監査を実施。報告書では、保育士がプールから目を離す時間があったなどとして監視の不十分さを指摘した。しかし、事故原因は特定されなかった。
真相解明を願う両親は15年3月に京都地検に当時の園長ら4人を業務上過失致死容疑で告訴したが、不起訴処分(嫌疑不十分)に。16年に検察審査会が不起訴不当と議決したが、地検は再び不起訴とした。
16年に提起した民事訴訟で、両親側は、天翔ちゃんの死因はプールでおぼれた「溺水」だと主張する。一方、園側は「死亡に至る原因は給食の吐しゃ物を飲み込んだことによる窒息死などの可能性がある」と請求棄却を求めている。
主な争点は死因と当時の監視体制でした。
原告は「溺死」と主張する一方、保育園側は「給食の吐瀉物を飲み込んだ窒息死等の可能性がある」と主張しました。なお、司法解剖の結果は「低酸素脳症」とされています。
保育所を利用している保護者の感覚としては、保育園の主張は自己矛盾に陥っていると感じました。
仮に給食の吐瀉物を飲み込んだとしても、保育園にはそうした事態が発生しない様に注意する義務があるでしょう。自宅で食べた朝ご飯ならまだしも、給食の吐瀉物なら尚更です。
支離滅裂な主張です。
事故後、京都市はせいしん幼児園に対する特別監査を実施しました。調査報告書が掲載されています。
京都市認可保育所「せいしん幼児園」に対する調査報告書(特別監査実施結果)
https://www.city.kyoto.lg.jp/hagukumi/cmsfiles/contents/0000173/173990/tyousahoukokusyo.pdf
ここに事案発生当時の状況や保育体制の問題点等が詳しく掲載されています。
驚くべき事に、同園ではプール活動における保育士の役割分担が無く、目を離していた保育士もいました。
ひまわり組担任はおもちゃの入っていたカゴを屋上入口付近に戻し,プール日誌にたんぽぽ組担任の記載した気温等の記録を転記し,児童らを視野に捉えていなかった。ゆり組担任は,児童を屋上で待機させた後,プール活動の可否について園長に判断を求め,了解を得るため,1階事務室に行くためその場を離れていた。また,事案発生時以前にも,ひまわり組担任はゆり組担任が屋上に上がってきたのを見て,その場を離れ,保育室に戻っている。プール活動における職員の役割分担が不明確であったと言わざるを得ない。
https://www.city.kyoto.lg.jp/hagukumi/cmsfiles/contents/0000173/173990/tyousahoukokusyo.pdf(以下同じ)
民事裁判においても、担任保育士が同様の証言を行いました。
4歳児の全3組の各担任保育士だった女性3人が両親の前で初めて証言。1人は監視が不十分で責任があったと認め、もう1人も完全な監視ではなかったとした。
プール活動は園児の成長に欠かせない反面、危険性も伴います。
お世話になっている保育所ではプールに入水して一緒に遊ぶ保育士、そしてプール外からプールを監視する保育士がそれぞれ複数人配置されています。
プール外で監視していた保育士が、急にプール内に入って園児に声を掛けた姿も見ました。
保育園の運営体制に重大な問題が
せいしん幼児園で事故が発生した根底には、同園の運営体制に大きな問題がありました。
同園は園児の安全を軽視し、京都市にはでっち上げの報告を行い、園児より園長への対応を優先し続け、これに嫌気がさした保育士が次々に離職していました。
幾つか引用します。
書類検査により,けが等が発生した際の園内報告用の事故報告書が作成されておらず,再発防止に活かされていなかったことが判明した。また,聴き取り調査によっても,職員会議等における情報共有や再発防止のための話し合い等の取組も行われていなかったことが判明し,書類上も,これらの取組が行われた形跡は確認できなかった。
書類検査により,当該事案に関して,当事者職員であるひまわり組担任を作成者とする園内報告用の事故報告書が作成されていたが,実際にはひまわり組担任は作成しておらず,他の職員が作成していたことが判明した。
特別監査の実施に当たり,保育士の勤務割当表(いわゆるシフト表)の提出を求めたところ,園長の指示により,一部職員の欄が削除された虚偽の資料が提出された。これは,保育士及び調理員についての配置基準は満たしていたものの,本市に対して調理担当職員として報告されていた当該職員を保育補助業務に従事させている実態があったため,削除したものと考えられる。
当該園における職員の給与等支払いに係る意思決定過程を調査したところ,園長給与については,園長(兼理事長)が部下である経理主任と相談して決定しており,理事会での議決や報告がされていなかったことが判明した。
職員への聴き取り調査により,職員が園長個人への対応のため,保育士が十分に保育に携わることができない状態が生じていたことが判明した。具体的には,職員は毎朝出勤すると一人ひとり順番に1階の応接室に入り,床に正座するなどして園長にあいさつをするが,その日の園長の気分や相手によっては一人30分以上話し込むこともあり,その間他の職員が応接室の前で,自分の番を待つ状態が生じていた。
園長が調理担当職員に指示し,給食以外に別途園長用の食事を調理させていることが判明した。
職員からは,「離職者が多く,職員が育たない。」という意見も多く出された。せいしん幼児園においては,平成23年度から平成25年度の3年連続で常勤保育士の離職率が20%を上回っており,3箇年平均では約25%となっている。これは京都市内平均約12%(※)の倍以上の値である。
重大な問題点ばかりです。園長や運営法人の体質が、プールでの事故死に繋がったと言わざるを得ません。
こうした事情から、本判決は当然だと感じました。むしろ、どうして民事訴訟に至ったのかが不思議です。
賠償金額に争いがあるのは仕方ありません。しかし、事実関係に争いがあり、保育園が請求棄却を求めるのは理解できません。
依然として園児の安全を軽視し、法人や園長の利益を第一に考える体質が残っているのでしょうか。
控訴期限は5月末です。