保育所の新設や待機児童問題の解消において、最も重要なのは保育士の雇用です。保育士の就職促進を図る観点から、大阪市は就職準備金・家賃補助を実施する予定です。

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(5/25追記)
大阪維新の会・公明党の賛成により、関連費用を盛り込んだ補正予算案が可決されました。
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大阪市が保育士に就職支援金支給へ、最高20万円
2016年04月22日

大阪市は21日、市内の認可保育所に就職する保育士に支援金として最大20万円を支給する制度を今夏にも導入すると発表した。保育士不足を改善し、待機児童の解消につなげるのが狙いで全国でも珍しいという。

市によると、就職の際に10万円を支給し、1年間働き続ければさらに10万円を渡す。使途は制限しないが、保育で使うジャージーなどの購入を想定している。国の支援制度に沿った家賃補助(上限月8万2000円)も導入し、5月議会に計数百万円の事業費を盛り込んだ補正予算案を提出する。

大阪市の待機児童数は昨年10月時点で20政令市中4番目に多い511人。保育士の求人は年間1000人を超え、各保育所が人材確保に苦労しているという。

http://www.yomiuri.co.jp/osaka/news/20160422-OYO1T50015.html

ネタ元は市長会見

具体的な内容は、吉村市長が平成28年4月21日の市長会見にてコメントしています。

・保育士に大阪に根付いてもらう、大阪に来てもらう魅力を出していかないといけない
・保育士の住む所、就職してもらう、資格だけ取ってほかの仕事に就かないように、就職した時に大阪市に就職しやすくなる策を考える必要がある

・全体的な保育士さんの給料が少ない
・大阪市では地方出身者が住むマンション賃料の問題が大きい
・保育所が保育士の宿舎を借り上げる補助が必要
・家賃の部分については8万2千円を上限として、宿舎の借上補助ができないか検討している

・潜在保育士に対する20万円の貸付の援助制度がある(※平成28年度予算に計上済
・対象はあくまで別の事をしている保育士が保育所等へ再就職する場合
・使い途等も決められている訳
・大阪市の保育所に就職する保育士へ、新しく就職準備金の様な形で補助できないのかと考えている
・初年度に10万円、もう一つ年度おいて10万円という形で考えていきたい
・いわゆる新規の保育士、新規で就職された場合の就職準備金というか、ジャージ買ったり、いろんな(出費が)ある

借上宿舎への賃料補助は世田谷区を参考か

まずは借り上げ宿舎の賃料補助から見ていきます。8万2000円という上限額は、既に同種の補助を行っている東京都世田谷区と同一額です。制度設計にあたって、世田谷区の事例を参考にしたと推測されます。

区内の認可保育園等に勤務する採用5年目以内の常勤保育士、常勤看護師が、保育運営事業者が賃借する住宅に入居する場合、82,000円を補助基準上限額として、保育運営事業者に補助を行います。

世田谷区保育人材確保事業

世田谷区の事例では、運営事業者が借り上げた宿舎・基準日以降に居住を開始・採用5年目までの常勤保育士が補助対象とされています。大阪市が検討している補助制度も似た内容になると考えられます。

就職準備金は使途を制限しない方向

潜在保育士を対象とした就職準備金の貸付制度は既に平成28年度本予算へ計上されています。しかし、市長会見で示唆した内容は、これと若干異なるものでした。対象は潜在保育士ではなく、新規で就職(新卒?保育士として初めて就職?)した保育士を想定しています。

補助内容は初年度に10万円、次年度に10万円を検討しています。給与が低くて出費が多い新卒1-2年目を対象とした補助事業となりそうです。

なお、使途として市長が「ジャージ」とコメントした内容が報道では先行してしまっている様子です。が、使途は制限していない模様です。ただし、新たに就職する際に必要な私物の購入費に充てて欲しいというのが補助の趣旨でしょう。「飲み代に使って」とは言えません。

趣旨を踏まえると、運動靴・カバン・シャツ・文房具・書籍・通勤用自転車等が考えられます。領収書の提出は求められないでしょう。

保育士の誘因効果はある、しかし引き留める効果は乏しい

吉村市長が検討している施策は、大阪市で就職した保育士(特に他の地方からやってきた方)に根付いて欲しいという思いが見えています。

一方、施策が想定通りの効果を上げるかは疑問です。世田谷区と同じ様に借上宿舎への賃料補助に期間制限が設ける場合、期間終了後に保育士が借上宿舎から追い出される可能性があります。自分で家賃を払うとなると、手元に残る金額は就職1年目より減ってしまうでしょう。

また、就職準備金にも問題があります。新卒1-2年目を対象とした場合、3年目以降の保育士をつなぎ止める効果はありません。大阪市外の保育所は別職種へ転職する動機付けともなってしまいかねません。

本施策は保育士を大阪市へ集める効果はあるでしょう。しかし、引き留める効果(=離職率の低下)は乏しいと推測されます。就職3年目・6年目の離職者が急増する危険があります。初期教育を終え、ようやく独り立ちできるタイミングです。極めて勿体ないです。

今後、補正予算案の審議において質疑が行われるでしょう。理念先行ではなく、税の費用対効果の観点から議論を進めて欲しいです。

—-(5/7追記)———-

新たな保育人材確保事業を実施します

プレスリリースが出ました。

新たな保育人材確保事業を実施します
[2016年5月6日]

大阪市では、保育人材不足が深刻化し、全国的な課題となっている現状において、今後さらに保育士獲得競争が激化していくことから、このたび保育人材を確保するための取り組みを強化し、新たに3つの事業を実施します。

なお、本事業を実施するにあたり必要な補正予算案を平成28年5月市会に上程し、補正予算成立後、速やかに新たな3事業を実施します。

(1)新規採用保育士特別給付に対する補助事業(平成28年度~31年度で2億9,400万円見込み)
市内民間保育所等が新規採用した常勤保育士に対して特別給付金を支給する場合に、2年間で20万円を限度に、その費用の全部または一部を補助します。具体的には、1人1回を限度に、就職時に10万円を限度に補助し、さらに1年間の勤務を経た際に10万円を限度に補助します。
これにより、保育士養成校を卒業した保育士や保育士試験に合格した保育士の市内保育所等への就職の促進をめざします。ただし、平成28年度より実施する潜在保育士の就職準備金を貸付する事業に該当する保育士は対象外です。

(2)保育士宿舎借り上げ支援事業(平成28年度~29年度で1億1,200万円見込み)
国の補助制度を活用して、市内民間保育所等が新規採用した常勤保育士のために宿舎を借り上げる場合に、月額8万2,000円を限度に、その費用の全部または一部を補助します。
これにより、地方に住む保育人材の市内保育所等への就職を促進する効果や、一般的な民間企業に比べて給与水準が低いとされている保育士の処遇の向上を行うことで保育士として就職件数の増加をめざします。

(3)保育所等におけるICT化の推進(5億2,000万円)
国の補助制度を活用して、保育の事務等に関連したシステム購入に必要な経費に対して、1施設当たり100万円を限度に、その費用の全部または一部を補助します。
この事業では、市内民間保育所等において、指導計画、園児台帳、保育日誌等の書類作成業務のICT化を図ることにより、〔1〕保育士の事務負担軽減による保育の質の向上、〔2〕保護者の利便性の向上、〔3〕本市の給付費、補助金にかかる事務の簡素化・適正化の効果が見込まれ、結果的に保育士の処遇の向上につながることから、保育人材確保の事業の一環として実施します。

http://www.city.osaka.lg.jp/hodoshiryo/kodomo/0000358739.html より作成

概ね市長が会見で明らかにした通りの内容となっています。

産経新聞によると、新規採用保育士への特別給付は新卒・資格取得直後に就職した保育士を対象とするそうです。「資格取得後1年以内に市内認可施設へ就職」といった要件を設けるのでしょう。なお、財務グループの資料では事業実施期間が「平成28年度から」となっています。ひょっとすると平成28年4月に就職した保育士へ遡及支給されるのかもしれません。

気になったのは「施設を通じ給付する」という部分です。保育所等への補助金に上乗せして交付するのでしょう。しかし、施設による中抜き・早期退職者への不給付・施設独自の要件(半年後に支給)等、給付金全額が速やかに新卒保育士へ手渡らない状況が懸念されます。給与に上乗せされる形で全額が確実に保育士へ交付されるよう、何らかの担保措置が必要でしょう(事務作業がますます煩雑に・・・・)。

なお、給付金は所得税等の課税対象となる恐れがあります。たとえば公立病院に勤務する看護師への就職奨励金は、雑所得として扱われています(名古屋国税局文書回答事例より)。年間20万円以内ですね。

本当に待遇は向上するのか?

宿舎借上・ICT化推進への補助は、保育士の待遇向上を直接図るものではありません。それらの補助によって生じた余裕を保育士の待遇改善に振り向けて欲しいのが市の狙いでしょう。しかし、各施設の判断は分かれそうです。これらの補助を受けた施設において本当に待遇が改善されるのか、何らかの方法で検証する必要がありそうです。

なお、特別給付・宿舎借上補助は新卒者等を対象とした一時的な措置です。既に在職している保育士も含め、毎年の給料そのものを引き上げる措置ではありません。新卒者へ市内施設への就職を促す効果はあっても、数年後に引き留める効果は乏しいです。

保育所を魅力的な職場とするには、短期的ではなく長期的な待遇改善、そして労働環境の改善が欠かせないでしょう。ただ、これを進めていくと「保育料の引き上げ」という話は避けられません。近い将来、「保育士の待遇改善・労働環境改善の財源の一部として、保育料を引き上げます」という議論がわき上がっても何ら不思議ではありません。